高校の数学Cでは、複素数平面上で複素数の幾何学的な意味(回転・拡大)を学び、極形式やド・モアブルの定理を使って図形の問題を解きます。
しかし、複素数の世界には「微分」や「積分」が存在し、そこには実数の微積分にはない特別な性質が隠れています。
大学の複素解析では、複素数を変数とする関数の微分可能性を正則性として定義します。
正則関数はコーシー・リーマンの方程式という連立偏微分方程式を満たし、この方程式からコーシーの積分定理(正則関数の閉曲線上の積分はゼロになる)が導かれます。
この定理は、実数の積分では一般に成り立たない性質であり、複素解析の出発点となる中心的な結果です。
高校の数学IIでは、虚数単位 $i$($i^2 = -1$)を導入し、複素数 $z = a + bi$($a, b$ は実数)を学びます。 さらに数学Cでは、複素数平面を導入して、複素数 $z = a + bi$ を平面上の点 $(a, b)$ と対応させます。
複素数の極形式 $z = r(\cos\theta + i\sin\theta)$ を使うと、複素数の積が「絶対値の積と偏角の和」として理解でき、ド・モアブルの定理
$$(\cos\theta + i\sin\theta)^n = \cos n\theta + i\sin n\theta$$
を用いて $n$ 乗根の計算や、複素数と図形の関係を調べます。
高校の複素数平面の扱いは、複素数の「代数的な演算」と「幾何学的な意味」の対応に焦点を当てています。 しかし、「複素数を変数とする関数を微分する」「複素数の経路に沿って積分する」という発想は登場しません。 大学の複素解析は、まさにこの「複素数の微積分」を扱う分野です。
高校で学ぶ微分や積分は、実数を変数とする関数が対象です。大学の複素解析では、複素数 $z$ を変数とする関数 $f(z)$ に対して微分・積分を定義します。 一見すると「変数を実数から複素数に変えただけ」ですが、その帰結は劇的に異なります。
この記事では、以下のことを理解します。
核心は次の点です。実数関数では、微分可能であっても積分の値は経路(積分区間)に依存します。 ところが複素関数では、正則であるという条件だけで「閉じた経路に沿う積分はゼロ」という強い結論が得られます。 この違いがどこから生じるのかを、コーシー・リーマンの方程式を通じて理解することが、この記事のストーリーです。
複素関数とは、複素数を入力して複素数を出力する関数です。 たとえば $f(z) = z^2$ は、$z = 1 + i$ を入れると
$$f(1 + i) = (1 + i)^2 = 1 + 2i + i^2 = 2i$$
のように複素数を返します。
複素数 $z = x + iy$($x, y$ は実数)と書くと、$f(z)$ の出力も複素数なので、実部と虚部に分けて
$$f(z) = u(x, y) + iv(x, y)$$
と表せます。ここで $u(x, y)$ と $v(x, y)$ は実数値の2変数関数です。 たとえば $f(z) = z^2$ の場合、$z = x + iy$ を代入すると
$$z^2 = (x + iy)^2 = x^2 - y^2 + 2xyi$$
なので $u(x, y) = x^2 - y^2$、$v(x, y) = 2xy$ です。 このように、1つの複素関数は、2つの実数値関数の組として捉えることができます。
実数関数 $f(x)$ の微分係数は、$f'(x) = \lim_{h \to 0}\frac{f(x+h) - f(x)}{h}$ で定義されます。 複素微分もまったく同じ形で定義します。ただし、$h$ は複素数です。
複素関数 $f(z)$ が点 $z_0$ で複素微分可能であるとは、極限
$$f'(z_0) = \lim_{h \to 0}\frac{f(z_0 + h) - f(z_0)}{h}$$
が存在することです。ここで $h$ は複素数であり、$h \to 0$ は複素平面上のあらゆる方向から $0$ に近づく極限です。
実数の場合、$h \to 0$ は数直線上の左右2方向からの接近ですが、複素数の場合は平面上の全方向からの接近です。これが「複素微分可能」が「実数の微分可能」よりもはるかに強い条件になる理由です。
この定義の形は実数の場合とまったく同じですが、$h$ が複素平面上のあらゆる方向から $0$ に近づくという点が決定的に重要です。 実数直線では $h$ が正の方向と負の方向の2通りしかありませんが、複素平面では無限に多くの方向があります。 どの方向から近づいても同じ極限値を持つという条件が、強い制約を関数に課すのです。
$f(z) = z^2$ が複素微分可能かどうかを確かめましょう。
$$\frac{f(z + h) - f(z)}{h} = \frac{(z + h)^2 - z^2}{h} = \frac{2zh + h^2}{h} = 2z + h$$
$h \to 0$ のとき $2z + h \to 2z$ です。$h$ が複素数のどの方向から近づいても結果は同じ $2z$ になるので、$f'(z) = 2z$ です。 これは実数関数 $f(x) = x^2$ の微分 $f'(x) = 2x$ と同じ形をしています。
実は、多項式関数や $e^z$、$\sin z$、$\cos z$ など、高校で馴染みのある関数の「自然な複素数への拡張」は、すべて複素微分可能です。 逆に、複素微分可能でない関数の例も後で見ます。
複素関数 $f(z)$ が領域 $D$(複素平面の連結な開集合)の各点で複素微分可能であるとき、$f$ は $D$ 上で正則(holomorphic)であるといい、$f$ を正則関数と呼びます。
「正則」は「複素微分可能」の別名ではなく、「領域の各点で複素微分可能」という条件です。1点で複素微分可能でも、その近傍の各点でも微分可能であるときに「正則」と呼びます。
ここまでで、複素関数の微分を定義し、正則関数という概念を導入しました。 次に、正則関数が満たす具体的な方程式であるコーシー・リーマンの方程式を導きます。 この方程式が、後のコーシーの積分定理への架け橋になります。
$f(z) = u(x, y) + iv(x, y)$ が点 $z_0 = x_0 + iy_0$ で複素微分可能だとします。 複素微分の定義では $h$ が任意の方向から $0$ に近づいてよいので、特に2つの方向を試してみましょう。
方向1:実軸方向($h$ を実数とする)
$h$ が実数のとき、$f(z_0 + h) = u(x_0 + h, y_0) + iv(x_0 + h, y_0)$ なので、
$$f'(z_0) = \lim_{h \to 0}\frac{u(x_0+h, y_0) - u(x_0, y_0)}{h} + i\lim_{h \to 0}\frac{v(x_0+h, y_0) - v(x_0, y_0)}{h} = \frac{\partial u}{\partial x} + i\frac{\partial v}{\partial x}$$
ここで偏微分 $\frac{\partial u}{\partial x}$ は、$y$ を固定して $x$ で微分する操作です(高校では扱いませんが、1変数の微分と同じ要領で計算できます)。
方向2:虚軸方向($h = ik$、$k$ は実数とする)
$h = ik$ とおくと、$f(z_0 + ik) = u(x_0, y_0 + k) + iv(x_0, y_0 + k)$ なので、
$$f'(z_0) = \lim_{k \to 0}\frac{u(x_0, y_0+k) - u(x_0, y_0)}{ik} + i\lim_{k \to 0}\frac{v(x_0, y_0+k) - v(x_0, y_0)}{ik}$$
$$= \frac{1}{i}\frac{\partial u}{\partial y} + \frac{i}{i}\frac{\partial v}{\partial y} = -i\frac{\partial u}{\partial y} + \frac{\partial v}{\partial y}$$
ここで $\frac{1}{i} = \frac{i}{i^2} = \frac{i}{-1} = -i$ を使いました。
複素微分可能であれば、どちらの方向から近づいても同じ値になるはずです。つまり、
$$\frac{\partial u}{\partial x} + i\frac{\partial v}{\partial x} = \frac{\partial v}{\partial y} - i\frac{\partial u}{\partial y}$$
実部と虚部をそれぞれ等しいとおくと、次の方程式が得られます。
$f(z) = u(x, y) + iv(x, y)$ が複素微分可能ならば、次の2つの方程式が成り立ちます。
$$\frac{\partial u}{\partial x} = \frac{\partial v}{\partial y}, \qquad \frac{\partial u}{\partial y} = -\frac{\partial v}{\partial x}$$
左の式は「$u$ の $x$ 方向の変化率と $v$ の $y$ 方向の変化率が等しい」、右の式は「$u$ の $y$ 方向の変化率と $v$ の $x$ 方向の変化率が符号を逆にして等しい」ことを意味します。実部と虚部が独立ではなく、互いに強く結びついているのです。
この方程式は、「$h$ が実軸方向から近づいた場合」と「虚軸方向から近づいた場合」の2つを等しいとおくだけで得られました。 しかし、実はコーシー・リーマンの方程式が成り立ち、かつ偏導関数が連続であれば、あらゆる方向から近づいても極限値が一致すること(すなわち複素微分可能であること)が証明できます。 つまり、コーシー・リーマンの方程式は正則性の必要条件であるだけでなく、偏導関数の連続性のもとで十分条件にもなります。
例1:$f(z) = z^2$ の場合
先ほど求めたように $u = x^2 - y^2$、$v = 2xy$ です。偏微分を計算すると、
$$\frac{\partial u}{\partial x} = 2x, \quad \frac{\partial v}{\partial y} = 2x, \quad \frac{\partial u}{\partial y} = -2y, \quad \frac{\partial v}{\partial x} = 2y$$
$\frac{\partial u}{\partial x} = 2x = \frac{\partial v}{\partial y}$ であり、$\frac{\partial u}{\partial y} = -2y = -\frac{\partial v}{\partial x}$ です。 コーシー・リーマンの方程式が成り立つので、$f(z) = z^2$ は正則であることが確認できます。
例2:$f(z) = \bar{z}$(共役複素数)の場合
$f(z) = \bar{z} = x - iy$ とすると、$u = x$、$v = -y$ です。偏微分を計算すると、
$$\frac{\partial u}{\partial x} = 1, \quad \frac{\partial v}{\partial y} = -1$$
$\frac{\partial u}{\partial x} = 1 \ne -1 = \frac{\partial v}{\partial y}$ なので、コーシー・リーマンの方程式は成り立ちません。 したがって、$f(z) = \bar{z}$ はどの点でも複素微分可能ではありません。
誤解:$f(z) = \bar{z}$ は $z$ に「共役をとる」だけの簡単な操作だから、微分可能だろう。
正しい理解:複素微分の定義では $h$ があらゆる方向から $0$ に近づくことを要求します。$f(z) = \bar{z}$ は実軸方向($h$ が実数)から近づけば極限値 $1$、虚軸方向($h = ik$)から近づけば極限値 $-1$ となり、方向によって値が異なるため複素微分可能ではありません。コーシー・リーマンの方程式はこの「全方向一致」を2つの等式として表現したものです。
ここまでで、正則関数がコーシー・リーマンの方程式を満たすことを導きました。 次に、この方程式を使って複素積分を調べ、コーシーの積分定理を導きます。 コーシー・リーマンの方程式が「実部 $u$ と虚部 $v$ を強く結びつける」ことが、積分定理の証明で直接使われます。
実数の定積分 $\int_a^b f(x)\,dx$ は、数直線上の区間 $[a, b]$ に沿って関数を積分するものでした。 複素積分では、複素平面上の曲線(経路)に沿って複素関数を積分します。
曲線 $C$ を、パラメータ $t$($a \le t \le b$)を用いて $z(t) = x(t) + iy(t)$ と表します。 たとえば、原点を中心とする半径 $r$ の円を反時計回りに一周する曲線は $z(t) = re^{it}$($0 \le t \le 2\pi$)です。
曲線 $C: z(t)$($a \le t \le b$)に沿った複素関数 $f(z)$ の複素線積分を、
$$\int_C f(z)\,dz = \int_a^b f(z(t))\,z'(t)\,dt$$
と定義します。ここで $z'(t) = x'(t) + iy'(t)$ は曲線のパラメータ微分です。
右辺は $t$ に関する通常の(実数の)定積分に帰着されます。$f(z(t))\,z'(t)$ は一般に複素数値なので、実部と虚部に分けて $\int_a^b (\cdots)\,dt$ を計算します。
$f(z) = z$ を、原点から $1 + i$ へ向かう直線 $C$ に沿って積分してみましょう。 この直線は $z(t) = t(1 + i) = t + it$($0 \le t \le 1$)とパラメータ表示できます。$z'(t) = 1 + i$ です。
$$\int_C z\,dz = \int_0^1 t(1 + i) \cdot (1 + i)\,dt = (1 + i)^2 \int_0^1 t\,dt = 2i \cdot \frac{1}{2} = i$$
ここで $(1 + i)^2 = 1 + 2i + i^2 = 2i$ を使いました。
実数の定積分では、$\int_a^b f(x)\,dx$ の値は端点 $a, b$ だけで決まり、途中の「経路」を考える必要はありません(数直線上には経路は1つしかないため)。 しかし複素積分では、同じ始点と終点を結ぶ曲線は無数にあり、一般に経路によって積分値が変わります。
ここで重要な問いが生まれます。どのような関数であれば、「どの経路を通っても積分値が同じ」(経路独立)になるのでしょうか。 経路独立であることと、「任意の閉曲線に沿った積分がゼロ」であることは同値です(始点から終点への2つの経路を考え、一方を逆にたどれば閉曲線になるため)。
この問いに対する答えが、コーシーの積分定理です。
$f(z)$ が単連結領域 $D$ 上で正則であるとき、$D$ 内の任意の閉曲線 $C$ に対して
$$\oint_C f(z)\,dz = 0$$
が成り立ちます。
「単連結」とは、領域の中に「穴」がないことです。たとえば、円板 $|z| < R$ は単連結ですが、原点を除いた領域 $0 < |z| < R$ は穴がある(単連結でない)ため、この定理は直接適用できません。$\oint$ は閉曲線に沿った積分を表す記号です。
この定理が述べていることは、正則関数を閉じた経路に沿って積分すると、その値は必ずゼロになるということです。 これは実数の微積分にはない性質です。実数関数 $f(x)$ に対して $\int_a^a f(x)\,dx = 0$ は自明ですが、複素積分の閉曲線は出発点に戻るだけで、途中は複素平面上の様々な点を通ります。それにもかかわらず積分がゼロになるのは、正則性(コーシー・リーマンの方程式)が強い制約を課しているからです。
示すべきこと:$f$ が単連結領域 $D$ 上で正則で $f'$ が連続であるとき、$D$ 内の任意の閉曲線 $C$ に対して $\oint_C f(z)\,dz = 0$ です。
方針:複素積分を実部・虚部に分解し、グリーンの定理(2変数の実数積分に関する定理)を適用して、コーシー・リーマンの方程式を使います。
ステップ1:$f(z) = u + iv$、$dz = dx + i\,dy$ を代入して展開します。
$$\oint_C f(z)\,dz = \oint_C (u + iv)(dx + i\,dy) = \oint_C (u\,dx - v\,dy) + i\oint_C (v\,dx + u\,dy)$$
ステップ2:ここでグリーンの定理を使います。グリーンの定理とは、閉曲線 $C$ で囲まれた領域 $R$ について、
$$\oint_C (P\,dx + Q\,dy) = \iint_R \left(\frac{\partial Q}{\partial x} - \frac{\partial P}{\partial y}\right)dx\,dy$$
が成り立つという定理です(ここでは証明なしに用います)。
ステップ3(実部):$\oint_C (u\,dx - v\,dy)$ にグリーンの定理を適用します。$P = u$、$Q = -v$ とすると、
$$\oint_C (u\,dx - v\,dy) = \iint_R \left(-\frac{\partial v}{\partial x} - \frac{\partial u}{\partial y}\right)dx\,dy$$
コーシー・リーマンの方程式 $\frac{\partial u}{\partial y} = -\frac{\partial v}{\partial x}$ より、被積分関数は $-\frac{\partial v}{\partial x} + \frac{\partial v}{\partial x} = 0$ です。
ステップ4(虚部):$\oint_C (v\,dx + u\,dy)$ にグリーンの定理を適用します。$P = v$、$Q = u$ とすると、
$$\oint_C (v\,dx + u\,dy) = \iint_R \left(\frac{\partial u}{\partial x} - \frac{\partial v}{\partial y}\right)dx\,dy$$
コーシー・リーマンの方程式 $\frac{\partial u}{\partial x} = \frac{\partial v}{\partial y}$ より、被積分関数は $\frac{\partial u}{\partial x} - \frac{\partial u}{\partial x} = 0$ です。
結論:実部も虚部もゼロなので、$\oint_C f(z)\,dz = 0 + 0i = 0$ です。 $\blacksquare$
証明の構造を振り返ると、次の因果関係が見えます。
(1) 複素微分可能性は、$h$ が全方向から近づいても極限が一致することを要求する。
(2) この要求から、コーシー・リーマンの方程式(実部と虚部の偏微分の関係式)が導かれる。
(3) 閉曲線上の積分をグリーンの定理で面積分に変換すると、被積分関数にコーシー・リーマンの方程式の左辺と右辺の差が現れる。
(4) コーシー・リーマンの方程式よりこの差はゼロなので、積分もゼロになる。
つまり、「全方向から近づいても微分値が一致する」という条件が、「閉曲線上の積分がゼロになる」という結論を生んでいるのです。
ここまでで、正則関数の定義からコーシー・リーマンの方程式を導出し、さらにコーシーの積分定理を証明しました。 次に、この定理を具体的な積分の計算に応用します。
$f(z) = z^2$ は複素平面全体で正則です(セクション4の例1で確認しました)。 原点を中心とする半径1の円 $C: z(t) = e^{it}$($0 \le t \le 2\pi$)に沿って積分してみましょう。
コーシーの積分定理により、$\oint_C z^2\,dz = 0$ であることが直ちにわかります。
実際に計算して確かめましょう。$z(t) = e^{it}$、$z'(t) = ie^{it}$ なので、
$$\oint_C z^2\,dz = \int_0^{2\pi} e^{2it} \cdot ie^{it}\,dt = i\int_0^{2\pi} e^{3it}\,dt$$
ここで $\int_0^{2\pi} e^{3it}\,dt$ を計算します。
$$\int_0^{2\pi} e^{3it}\,dt = \left[\frac{e^{3it}}{3i}\right]_0^{2\pi} = \frac{e^{6\pi i} - e^0}{3i} = \frac{1 - 1}{3i} = 0$$
ここで $e^{6\pi i} = \cos 6\pi + i\sin 6\pi = 1$ を用いました。確かに $\oint_C z^2\,dz = i \cdot 0 = 0$ となり、コーシーの積分定理と一致します。
次に $f(z) = \frac{1}{z}$ を、同じく原点を中心とする半径1の円 $C$ に沿って積分しましょう。$f(z) = \frac{1}{z}$ は $z = 0$ で定義されないため、原点を含む領域では正則ではありません。コーシーの積分定理の仮定(単連結領域上で正則)を満たさないので、積分がゼロになるとは限りません。
実際に計算してみます。$z(t) = e^{it}$、$z'(t) = ie^{it}$ なので、
$$\oint_C \frac{1}{z}\,dz = \int_0^{2\pi} \frac{1}{e^{it}} \cdot ie^{it}\,dt = \int_0^{2\pi} i\,dt = 2\pi i$$
結果は $2\pi i$ であり、ゼロではありません。
$f(z) = z^2$ のように正則な関数の閉曲線積分はゼロになりますが、$f(z) = \frac{1}{z}$ のように閉曲線の内部に正則でない点(特異点)がある場合、積分はゼロにならないことがあります。上の例では $z = 0$ が特異点であり、積分値 $2\pi i$ は特異点の情報を反映しています。この現象をさらに精密に調べるのが留数定理であり、複素解析の中心的な定理の一つです。
コーシーの積分定理から、正則関数の積分は経路に依存しないことがわかります。 $f(z) = e^z$ は複素平面全体で正則なので、$0$ から $i$ への積分はどの経路をとっても同じ値になります。
最も簡単な経路として、$z(t) = it$($0 \le t \le 1$)をとります。$z'(t) = i$ なので、
$$\int_C e^z\,dz = \int_0^1 e^{it} \cdot i\,dt = i\int_0^1 e^{it}\,dt = i\left[\frac{e^{it}}{i}\right]_0^1 = e^i - 1$$
オイラーの公式(M-9-1 で解説)より $e^i = \cos 1 + i\sin 1$ なので、
$$\int_C e^z\,dz = (\cos 1 - 1) + i\sin 1$$
別の経路をとっても、正則性により同じ値 $e^i - 1$ が得られます。これはコーシーの積分定理の帰結です。
実数の微積分では $\int_a^b f(x)\,dx = F(b) - F(a)$($F$ は $f$ の原始関数)という基本定理がありました(M-8-2 で解説)。複素解析でも同様の定理が成り立ちます。$f(z)$ が正則で $F'(z) = f(z)$ を満たす原始関数 $F(z)$ が存在するとき、任意の曲線 $C$(始点 $z_1$、終点 $z_2$)に沿って
$$\int_C f(z)\,dz = F(z_2) - F(z_1)$$
が成り立ちます。上の例3では $F(z) = e^z$ が $f(z) = e^z$ の原始関数なので、$\int_C e^z\,dz = e^i - e^0 = e^i - 1$ と直接計算できます。
Q1. 複素微分 $f'(z_0) = \lim_{h \to 0}\frac{f(z_0+h)-f(z_0)}{h}$ において、$h$ が複素数であることが実数の微分と比べてどのような違いを生みますか。
Q2. $f(z) = \bar{z}$(共役複素数)がどの点でも複素微分可能でない理由を、コーシー・リーマンの方程式を使って説明してください。
Q3. コーシーの積分定理が $f(z) = \frac{1}{z}$ と原点を中心とする円に対して適用できない理由は何ですか。
Q4. コーシーの積分定理の証明で、コーシー・リーマンの方程式はどこで使われますか。
$f(z) = z^3$ について、$f(z) = u(x,y) + iv(x,y)$ の形に分解し、コーシー・リーマンの方程式が成り立つことを確認してください。
$z^3 = (x + iy)^3 = x^3 + 3x^2(iy) + 3x(iy)^2 + (iy)^3 = x^3 - 3xy^2 + i(3x^2y - y^3)$ です。
よって $u = x^3 - 3xy^2$、$v = 3x^2y - y^3$ です。
$$\frac{\partial u}{\partial x} = 3x^2 - 3y^2, \quad \frac{\partial v}{\partial y} = 3x^2 - 3y^2$$
$$\frac{\partial u}{\partial y} = -6xy, \quad \frac{\partial v}{\partial x} = 6xy$$
$\frac{\partial u}{\partial x} = \frac{\partial v}{\partial y}$ かつ $\frac{\partial u}{\partial y} = -\frac{\partial v}{\partial x}$ が成り立つので、コーシー・リーマンの方程式は満たされます。
$f(z) = |z|^2$ について $u(x,y)$ と $v(x,y)$ を求め、コーシー・リーマンの方程式が成り立つかどうか調べてください。
$|z|^2 = x^2 + y^2$ は実数値なので、$u = x^2 + y^2$、$v = 0$ です。
$$\frac{\partial u}{\partial x} = 2x, \quad \frac{\partial v}{\partial y} = 0$$
$\frac{\partial u}{\partial x} = \frac{\partial v}{\partial y}$ が成り立つのは $2x = 0$、すなわち $x = 0$ のときだけです。同様に $\frac{\partial u}{\partial y} = 2y = 0$ となるのは $y = 0$ のときだけです。
したがって、コーシー・リーマンの方程式が成り立つのは原点 $(x, y) = (0, 0)$ のみです。$f(z) = |z|^2$ は原点以外では正則ではありません。
$f(z) = z^3$ を、原点を中心とする半径2の円 $C: z(t) = 2e^{it}$($0 \le t \le 2\pi$)に沿って積分し、コーシーの積分定理の結果と一致することを確認してください。
$z(t) = 2e^{it}$、$z'(t) = 2ie^{it}$ なので、
$$\oint_C z^3\,dz = \int_0^{2\pi} (2e^{it})^3 \cdot 2ie^{it}\,dt = \int_0^{2\pi} 8e^{3it} \cdot 2ie^{it}\,dt = 16i\int_0^{2\pi} e^{4it}\,dt$$
$$= 16i\left[\frac{e^{4it}}{4i}\right]_0^{2\pi} = 16i \cdot \frac{e^{8\pi i} - 1}{4i} = 4(1 - 1) = 0$$
$e^{8\pi i} = \cos 8\pi + i\sin 8\pi = 1$ なので、積分値は $0$ です。$f(z) = z^3$ は複素平面全体で正則なので、コーシーの積分定理と一致します。
$\oint_C \frac{1}{z^2}\,dz$ を、原点を中心とする半径1の円 $C: z(t) = e^{it}$($0 \le t \le 2\pi$)に沿って計算してください。結果が $0$ になることを確かめ、コーシーの積分定理との関係を考察してください。
ヒント:$\frac{1}{z^2}$ は $z = 0$ で正則ではありませんが、それでも積分値がゼロになる場合があります。
$z(t) = e^{it}$、$z'(t) = ie^{it}$ なので、
$$\oint_C \frac{1}{z^2}\,dz = \int_0^{2\pi} \frac{1}{e^{2it}} \cdot ie^{it}\,dt = i\int_0^{2\pi} e^{-it}\,dt = i\left[\frac{e^{-it}}{-i}\right]_0^{2\pi} = i \cdot \frac{e^{-2\pi i} - 1}{-i} = -(1 - 1) = 0$$
$\frac{1}{z^2}$ は $z = 0$ で特異点を持つにもかかわらず、積分値はゼロになりました。コーシーの積分定理は「正則関数の閉曲線積分がゼロ」という十分条件を与えますが、「特異点がある場合に積分がゼロにならない」とは言っていません。特異点の種類によってゼロになる場合もあります。この違いを体系的に扱うのが留数定理です。$\frac{1}{z}$ の場合は積分値 $2\pi i$(留数が $1$)、$\frac{1}{z^2}$ の場合は積分値 $0$(留数が $0$)となります。
整数 $n$ に対して、原点を中心とする半径 $r > 0$ の円 $C$ に沿って $\oint_C z^n\,dz$ を計算し、次のことを示してください。
$$\oint_C z^n\,dz = \begin{cases} 2\pi i & (n = -1) \\ 0 & (n \ne -1) \end{cases}$$
この結果が $n$ の値によらず $r$ に依存しないことにも注意してください。
$C: z(t) = re^{it}$($0 \le t \le 2\pi$)、$z'(t) = ire^{it}$ とします。
$$\oint_C z^n\,dz = \int_0^{2\pi} (re^{it})^n \cdot ire^{it}\,dt = ir^{n+1}\int_0^{2\pi} e^{i(n+1)t}\,dt$$
場合1:$n + 1 \ne 0$(すなわち $n \ne -1$)のとき
$$\int_0^{2\pi} e^{i(n+1)t}\,dt = \left[\frac{e^{i(n+1)t}}{i(n+1)}\right]_0^{2\pi} = \frac{e^{2\pi i(n+1)} - 1}{i(n+1)} = \frac{1 - 1}{i(n+1)} = 0$$
ここで $e^{2\pi i(n+1)} = 1$($n+1$ は整数)を使いました。よって $\oint_C z^n\,dz = 0$ です。
場合2:$n = -1$ のとき
$$\int_0^{2\pi} e^{i \cdot 0 \cdot t}\,dt = \int_0^{2\pi} 1\,dt = 2\pi$$
よって $\oint_C z^{-1}\,dz = ir^0 \cdot 2\pi = 2\pi i$ です。
いずれの場合も結果に $r$ は現れない($n \ne -1$ のときは $0$、$n = -1$ のときは $2\pi i$)ことがわかります。これは、正則関数の積分が経路の具体的な形(半径 $r$)に依存せず、経路のトポロジー的な性質(特異点を囲むかどうか)だけで決まることの表れです。