前回学んだベクトルは、矢印として図形的に扱いました。しかし、具体的な計算を進めるには「数値化」が不可欠です。座標平面を使ってベクトルを2つの数の組 $(a_1, a_2)$ で表す ── これが成分表示です。成分表示を手に入れることで、ベクトルの計算は単なる数値の加減乗除になり、複雑な幾何学的問題も代数的に処理できるようになります。
座標平面に $x$ 軸方向の単位ベクトル $\vec{e}_1 = (1, 0)$ と $y$ 軸方向の単位ベクトル $\vec{e}_2 = (0, 1)$ を用意します。この2つを基本ベクトルと呼びます。
平面上の任意のベクトル $\vec{a}$ は、$\vec{e}_1$ 方向と $\vec{e}_2$ 方向の移動に分解できます。$x$ 方向に $a_1$、$y$ 方向に $a_2$ だけ移動するベクトルを:
$$\vec{a} = a_1 \vec{e}_1 + a_2 \vec{e}_2$$
と書き、これを $(a_1, a_2)$ という成分表示で表します。$a_1$ を $x$ 成分、$a_2$ を $y$ 成分と呼びます。
点に座標があるように、ベクトルにも「住所」があります。それが成分表示です。成分 $(a_1, a_2)$ は「$x$ 方向に $a_1$、$y$ 方向に $a_2$ 動け」という移動の指示を数値化したものです。
この数値化により、ベクトルの相等は $a_1 = b_1$ かつ $a_2 = b_2$ という数の等式に帰着します。幾何学的な判断が、代数的な計算で済むようになるのです。
$$\vec{a} = (a_1, a_2) \iff \vec{a} = a_1 \vec{e}_1 + a_2 \vec{e}_2$$
相等条件:
$$(a_1, a_2) = (b_1, b_2) \iff a_1 = b_1 \text{ かつ } a_2 = b_2$$
※ 成分が一致するとは、$x$ 成分と $y$ 成分がそれぞれ等しいことです。
✗ 誤:点 $A(3, 2)$ のベクトルは $\vec{a} = (3, 2)$
○ 正:原点 $O$ から $A$ への位置ベクトル $\overrightarrow{OA} = (3, 2)$
ベクトル $(3, 2)$ は「右に3、上に2の移動」を意味します。始点が原点なら終点は $(3, 2)$ ですが、始点が $(1, 1)$ なら終点は $(4, 3)$ です。ベクトルの成分は始点の位置に依存しません。
ベクトルの和・差・スカラー倍は、成分表示では各成分ごとに独立に計算できます。これは、$x$ 方向と $y$ 方向の移動が互いに影響しないことから自然に導かれます。
$\vec{a} = (a_1, a_2)$、$\vec{b} = (b_1, b_2)$、$k$ を実数とするとき:
$$\vec{a} + \vec{b} = (a_1 + b_1,\; a_2 + b_2)$$
$$\vec{a} - \vec{b} = (a_1 - b_1,\; a_2 - b_2)$$
$$k\vec{a} = (ka_1,\; ka_2)$$
$\vec{a} = a_1\vec{e}_1 + a_2\vec{e}_2$、$\vec{b} = b_1\vec{e}_1 + b_2\vec{e}_2$ より:
$$\vec{a} + \vec{b} = (a_1\vec{e}_1 + a_2\vec{e}_2) + (b_1\vec{e}_1 + b_2\vec{e}_2)$$
交換法則・結合法則・分配法則を使って整理すると:
$$= (a_1 + b_1)\vec{e}_1 + (a_2 + b_2)\vec{e}_2$$
これは成分 $(a_1 + b_1, a_2 + b_2)$ のベクトルです。差やスカラー倍も同様に導けます。
具体的に計算してみましょう。$\vec{a} = (3, -1)$、$\vec{b} = (-2, 4)$ のとき:
$$\vec{a} + \vec{b} = (3 + (-2),\; -1 + 4) = (1, 3)$$
$$2\vec{a} - 3\vec{b} = (6, -2) - (-6, 12) = (12, -14)$$
成分表示の最大の利点は、2次元の問題を1次元の問題2つに分離できることです。$x$ 成分の計算と $y$ 成分の計算はそれぞれ独立に行えるため、複雑なベクトルの演算も単純な数の計算に帰着します。
$\vec{a} = (a_1, a_2)$、$\vec{b} = (b_1, b_2)$ が平行である条件を成分で表しましょう。$\vec{b} = k\vec{a}$ より $(b_1, b_2) = (ka_1, ka_2)$ なので、$k$ を消去すると:
$\vec{a} = (a_1, a_2) \neq \vec{0}$ のとき:
$$\vec{a} \mathbin{/\!/} \vec{b} \iff a_1 b_2 - a_2 b_1 = 0$$
※ この式 $a_1 b_2 - a_2 b_1$ は後に学ぶ「外積」の $z$ 成分に対応します。
✗ 誤:$a_1 b_2 + a_2 b_1 = 0$ が平行条件
○ 正:$a_1 b_2 - a_2 b_1 = 0$ が平行条件
「たすきがけ」の引き算です。覚え方は「右下がり $-$ 右上がり」。行列式 $\begin{vmatrix} a_1 & b_1 \\ a_2 & b_2 \end{vmatrix} = 0$ と同じです。
$a_1 b_2 - a_2 b_1$ は、2つの列ベクトルが作る $2 \times 2$ 行列の行列式(determinant)です。行列式が $0$ であることと、2つのベクトルが1次従属(平行)であることは同値です。大学の線形代数で、この関係はさらに深く学びます。
ベクトル $\vec{a} = (a_1, a_2)$ の大きさ $|\vec{a}|$ は、原点から点 $(a_1, a_2)$ までの距離に等しくなります。$x$ 方向に $a_1$、$y$ 方向に $a_2$ だけ移動するので、直角三角形の斜辺の長さとして三平方の定理が適用できます。
$$|\vec{a}| = \sqrt{a_1^2 + a_2^2}$$
※ $\vec{a} = (3, 4)$ なら $|\vec{a}| = \sqrt{9 + 16} = 5$ です。
なぜ三平方の定理が使えるのでしょうか。それは基本ベクトル $\vec{e}_1$ と $\vec{e}_2$ が直交しているからです。$\vec{a} = a_1\vec{e}_1 + a_2\vec{e}_2$ を図で描くと、$a_1\vec{e}_1$ と $a_2\vec{e}_2$ は直角をなすので、斜辺が $|\vec{a}|$ となる直角三角形ができます。
✗ 誤:$|(3, -4)| = 3^2 + (-4)^2 = 25$
○ 正:$|(3, -4)| = \sqrt{3^2 + (-4)^2} = \sqrt{25} = 5$
$|\vec{a}|^2 = a_1^2 + a_2^2$ と $|\vec{a}| = \sqrt{a_1^2 + a_2^2}$ を混同しないようにしましょう。大きさは常にルートの中です。ただし、大きさの比較や内積の計算では、二乗のまま扱った方が便利なことも多いです。
ベクトルの大きさには次の基本的な性質があります。
三角不等式は「2辺の長さの和は残りの1辺より長い」という三角形の性質そのものです。等号は $\vec{a}$ と $\vec{b}$ が同じ向きのときに成立します。
大学数学では、$|\vec{a}|$ のように大きさを測る関数を「ノルム」(norm)と呼びます。$|\vec{a}| = \sqrt{a_1^2 + a_2^2}$ はユークリッドノルムと呼ばれ、最も自然な「長さ」の測り方です。他にも $|a_1| + |a_2}$(マンハッタンノルム)や $\max(|a_1|, |a_2|)$(最大値ノルム)など、異なる「長さ」の定義があり、それぞれ応用があります。
点 $A(a_1, a_2)$ から点 $B(b_1, b_2)$ へのベクトル $\overrightarrow{AB}$ の成分は、終点の座標から始点の座標を引くことで求まります。
$$\overrightarrow{AB} = (b_1 - a_1,\; b_2 - a_2)$$
$$AB = |\overrightarrow{AB}| = \sqrt{(b_1 - a_1)^2 + (b_2 - a_2)^2}$$
※ 「終点 $-$ 始点」の順番です。$\overrightarrow{BA} = (a_1 - b_1, a_2 - b_2)$ は符号が逆です。
$\overrightarrow{AB}$ は「$A$ から $B$ への移動」です。$A(2, 1)$ から $B(5, 3)$ に行くには、$x$ 方向に $5 - 2 = 3$、$y$ 方向に $3 - 1 = 2$ 移動すればよいので $\overrightarrow{AB} = (3, 2)$ です。
位置ベクトルで考えると $\overrightarrow{AB} = \overrightarrow{OB} - \overrightarrow{OA}$ であり、これは前回学んだ「差のベクトル」の成分版にほかなりません。
この公式は2点間の距離の公式そのものであり、中学で学んだ2点間の距離がベクトルの大きさとして統一的に理解できます。
✗ 誤:$A(1, 3)$、$B(4, 7)$ に対して $\overrightarrow{AB} = (1-4, 3-7) = (-3, -4)$
○ 正:$\overrightarrow{AB} = (4-1, 7-3) = (3, 4)$
「$A$ から $B$」なので $B - A$ です。逆に計算すると $\overrightarrow{BA}$ になってしまいます。確認法:$\overrightarrow{AB}$ の向きは $A$ から $B$ へ向かう方向なので、$B$ の座標が $A$ より右上なら成分は正になるはずです。
3点の座標が与えられたとき、各辺のベクトルを成分で表し、その大きさを計算することで三角形の形状(正三角形、二等辺三角形など)を判定できます。
たとえば $A(0, 0)$、$B(4, 0)$、$C(2, 2\sqrt{3})$ の場合:
$$AB = |(4, 0)| = 4, \quad BC = |(-2, 2\sqrt{3})| = \sqrt{4 + 12} = 4, \quad CA = |(-2, -2\sqrt{3})| = 4$$
3辺の長さがすべて等しいので、正三角形です。
大きさが $1$ のベクトルを単位ベクトルと呼びます。単位ベクトルは「向きの情報だけ」を持ち、スケール(大きさ)の情報を取り除いたものです。
$\vec{a} \neq \vec{0}$ のとき、$\vec{a}$ と同じ向きの単位ベクトルは $\vec{a}$ をその大きさで割ることで得られます。
$$\vec{a} \text{ と同じ向きの単位ベクトル} = \frac{\vec{a}}{|\vec{a}|}$$
※ $\vec{a} = (3, 4)$ の場合、$|\vec{a}| = 5$ なので単位ベクトルは $\left(\dfrac{3}{5}, \dfrac{4}{5}\right)$。
$\dfrac{\vec{a}}{|\vec{a}|}$ は $\vec{a}$ の $\dfrac{1}{|\vec{a}|}$ 倍です。$\dfrac{1}{|\vec{a}|} > 0$ なので向きは $\vec{a}$ と同じです。
大きさは $\left|\dfrac{\vec{a}}{|\vec{a}|}\right| = \dfrac{1}{|\vec{a}|} \cdot |\vec{a}| = 1$ となり、確かに単位ベクトルです。
任意のベクトル $\vec{a}$($\neq \vec{0}$)は、次のように分解できます:
$$\vec{a} = |\vec{a}| \cdot \frac{\vec{a}}{|\vec{a}|}$$
つまり「大きさ」と「向き(単位ベクトル)」の積です。ベクトルの2つの属性が、きれいに分離されています。物理では速度 $\vec{v}$ を「速さ $|\vec{v}|$」と「方向の単位ベクトル」に分けることが頻繁にあります。
$\vec{e}_1 = (1, 0)$ と $\vec{e}_2 = (0, 1)$ はそれぞれ $x$ 軸方向・$y$ 軸方向の単位ベクトルです。$|\vec{e}_1| = |\vec{e}_2| = 1$ であり、これらが成分表示の基礎を成しています。
角度 $\theta$ を用いると、方向が $\theta$ の単位ベクトルは $(\cos\theta, \sin\theta)$ と表せます。これは三角関数の定義そのものです。
ベクトルを単位ベクトルに変換する操作を「正規化」(normalization)と呼びます。コンピュータグラフィックスでは法線ベクトルの正規化が必須であり、機械学習では特徴量ベクトルの正規化がデータの前処理として広く用いられています。高校で学ぶ単位ベクトルの概念は、現代の技術の随所に生きています。
Q1. $\vec{a} = (2, -3)$、$\vec{b} = (-1, 5)$ のとき、$\vec{a} + \vec{b}$ を求めよ。
Q2. $\vec{a} = (1, -2)$ の大きさ $|\vec{a}|$ を求めよ。
Q3. $A(3, 1)$、$B(7, 4)$ のとき、$\overrightarrow{AB}$ の成分を求めよ。
Q4. $\vec{a} = (6, 8)$ と同じ向きの単位ベクトルを求めよ。
Q5. $\vec{a} = (2, 3)$、$\vec{b} = (4, k)$ が平行になる $k$ の値を求めよ。
$\vec{a} = (3, -2)$、$\vec{b} = (-1, 4)$ のとき、次を求めよ。
(1) $2\vec{a} - 3\vec{b}$
(2) $|2\vec{a} - 3\vec{b}|$
(3) $2\vec{a} - 3\vec{b}$ と同じ向きの単位ベクトル
(1) $2\vec{a} - 3\vec{b} = (6, -4) - (-3, 12) = (9, -16)$
(2) $|2\vec{a} - 3\vec{b}| = \sqrt{81 + 256} = \sqrt{337}$
(3) $\dfrac{1}{\sqrt{337}}(9, -16) = \left(\dfrac{9}{\sqrt{337}}, \dfrac{-16}{\sqrt{337}}\right)$
$\vec{a} = (1, 2)$、$\vec{b} = (3, -1)$ とする。$\vec{c} = s\vec{a} + t\vec{b}$ が $\vec{c} = (7, 3)$ を満たすとき、実数 $s$、$t$ の値を求めよ。
$s\vec{a} + t\vec{b} = s(1, 2) + t(3, -1) = (s + 3t, 2s - t)$
$(s + 3t, 2s - t) = (7, 3)$ より連立方程式:
$$\begin{cases} s + 3t = 7 \\ 2s - t = 3 \end{cases}$$
第2式より $t = 2s - 3$ を第1式に代入:$s + 3(2s-3) = 7$ より $7s - 9 = 7$。
$s = \dfrac{16}{7}$、$t = 2 \cdot \dfrac{16}{7} - 3 = \dfrac{32 - 21}{7} = \dfrac{11}{7}$
$\vec{a} = (1, 2)$ に対して、$\vec{a} + t\vec{b}$($\vec{b} = (2, -1)$)の大きさが最小になる実数 $t$ の値とそのときの大きさを求めよ。
$\vec{a} + t\vec{b} = (1+2t, 2-t)$
$|\vec{a} + t\vec{b}|^2 = (1+2t)^2 + (2-t)^2 = 1 + 4t + 4t^2 + 4 - 4t + t^2 = 5t^2 + 5$
$= 5(t^2 + 1) \ge 5$
等号は $t = 0$ で成立。よって最小値は $|\vec{a} + t\vec{b}| = \sqrt{5}$($t = 0$ のとき)。
$|\vec{a} + t\vec{b}|^2$ が $t$ の2次関数になることを利用して最小値を求めます。この問題では $t$ の1次の項が消えて $5t^2 + 5$ となり、$t = 0$ で最小になりました。これは $\vec{a} \perp \vec{b}$(後で学ぶ内積が $0$)であることと関係しています。
3点 $A(1, 3)$、$B(5, 1)$、$C(3, 7)$ について、
(1) $\overrightarrow{AB}$、$\overrightarrow{AC}$ の成分を求めよ。
(2) $\overrightarrow{AB}$ と $\overrightarrow{AC}$ が平行でないことを示せ。
(3) 点 $P$ が $\overrightarrow{AP} = s\overrightarrow{AB} + t\overrightarrow{AC}$($s + t = 1$、$s \ge 0$、$t \ge 0$)を満たすとき、$P$ の軌跡を求めよ。
(1) $\overrightarrow{AB} = (4, -2)$、$\overrightarrow{AC} = (2, 4)$
(2) $4 \cdot 4 - (-2) \cdot 2 = 16 + 4 = 20 \neq 0$ なので平行でない。
(3) $t = 1 - s$ より $\overrightarrow{AP} = s\overrightarrow{AB} + (1-s)\overrightarrow{AC}$
$= \overrightarrow{AC} + s(\overrightarrow{AB} - \overrightarrow{AC}) = \overrightarrow{AC} + s\overrightarrow{CB}$
$0 \le s \le 1$ のとき、$P$ は $C$ から $B$ へ向かう線分上の点です。
つまり $P$ の軌跡は線分 $BC$です。
成分で確認:$P = A + s(4,-2) + (1-s)(2,4) = (1,3) + (2+2s, 4-6s)$
$= (3+2s, 7-6s)$($0 \le s \le 1$)
$s = 0$ で $P = C(3,7)$、$s = 1$ で $P = B(5,1)$ となり、確かに線分 $BC$ です。
$s + t = 1$、$s \ge 0$、$t \ge 0$ のもとで $\overrightarrow{AP} = s\overrightarrow{AB} + t\overrightarrow{AC}$ が表す点の集合は線分 $BC$ です。$s + t \le 1$ に条件を緩めると三角形 $ABC$ の内部(境界含む)になります。この表現は「重心座標」と呼ばれ、コンピュータグラフィックスで三角形内の点を扱う基本手法です。