第6章 関数と極限

ε-δ論法
─ 「限りなく近づく」を数式にする

高校数学III では「$x$ が $a$ に限りなく近づくとき、$f(x)$ が $L$ に限りなく近づく」ことを $\displaystyle\lim_{x \to a} f(x) = L$ と書き、極限の計算を行います。 この「限りなく近づく」という表現は直感的にはわかりやすいものの、正確な意味が曖昧です。 「近い」とはどのくらい近ければよいのか、「限りなく」とは何を意味するのか ── これらの問いに答えるのが、大学数学のε-δ論法(イプシロン・デルタ論法)です。

ε-δ論法は「任意の $\varepsilon > 0$ に対して、ある $\delta > 0$ が存在して…」という構造を持ちます。 この構造は、📖 第5章 §1 で学んだ量化子 $\forall$(任意の)と $\exists$(存在する)の組み合わせそのものです。 ε-δ論法を理解すると、極限の計算が正しいことを証明できるようになり、直感が裏切る場面でも正確な議論ができるようになります。

1高校での扱い ─ 極限の直感的な理解と計算

高校数学IIIでは、関数の極限を次のように学びます。

  • $x$ が $a$ に限りなく近づくとき、$f(x)$ がある値 $L$ に限りなく近づくなら、$\displaystyle\lim_{x \to a} f(x) = L$ と書く
  • $\displaystyle\lim_{x \to a} f(x)$ が有限の値に定まらないとき、「極限は存在しない」という
  • $f(x)$ が限りなく大きくなるとき、$\displaystyle\lim_{x \to a} f(x) = \infty$(正の無限大に発散する)と書く

そして、極限の性質(和・積・商の極限、はさみうちの原理など)を使って具体的な計算を行います。たとえば次のような問題です。

例題:$\displaystyle\lim_{x \to 2}(3x - 1)$ を求めよ。

高校では $x$ に $2$ を代入して $3 \cdot 2 - 1 = 5$ と答えます。連続関数では $x = a$ を代入すれば極限が求まるからです。 もう少し複雑な場合でも、因数分解やロピタルの定理(数学IIIの発展内容)を使って計算します。

しかし、ここで注意すべきことがあります。高校の方法は「極限の値を求める」ことはできても、「その値が本当に極限であること」を証明しているわけではありません。 「$x$ を $2$ に近づけると $3x-1$ は $5$ に近づく ── 当たり前ではないか」と思うかもしれません。 しかし、「近づく」とは正確にはどういう意味でしょうか。次のセクションでは、この素朴な表現が持つ曖昧さを明らかにします。

2大学の視点 ─ なぜ直感だけでは不十分か

「限りなく近づく」の曖昧さ

「$x$ が $a$ に限りなく近づくとき、$f(x)$ が $L$ に限りなく近づく」という文は、日常言語としては理解できますが、数学的には曖昧です。次の問いに答えようとすると、言葉だけでは行き詰まります。

  • 「近づく」とは、$|f(x) - L|$ がどのくらい小さくなればよいのか。$0.1$ 以下なら十分か、$0.001$ 以下でなければならないか。
  • $x$ を $a$ にどこまで近づければ、$f(x)$ は $L$ に十分近くなるのか。
  • 「限りなく」とは、「どんなに小さい正の数を指定しても」という意味なのか。

直感的に正しそうな主張が実は正しくない例もあります。次の関数を考えてください。

:$f(x)$ を次のように定義します。

$$f(x) = \begin{cases} 1 & (x \text{ が有理数のとき}) \\ 0 & (x \text{ が無理数のとき}) \end{cases}$$

この関数(ディリクレの関数と呼ばれます)について、$\displaystyle\lim_{x \to 0} f(x)$ は存在するでしょうか。 $x = 0.1, 0.01, 0.001, \ldots$ と有理数で $0$ に近づけると、$f(x) = 1$ が続くので、極限は $1$ に見えます。 しかし、$x = \sqrt{2}/10, \sqrt{2}/100, \sqrt{2}/1000, \ldots$ と無理数で $0$ に近づけると、$f(x) = 0$ が続くので、極限は $0$ に見えます。

近づけ方によって「極限」の値が変わってしまう ── これは直感では処理しきれない状況です。 この関数の極限が存在しないことを厳密に示すためには、「極限が存在する」とはどういうことかを、まず正確に定義しなければなりません。

高校 vs 大学:極限をどう扱うか
高校:直感と計算規則
「限りなく近づく」という日本語で極限を理解する。
極限の値を「求める」ことが目標。
大学:ε-δ論法による厳密な定義
「任意の $\varepsilon > 0$ に対して $\delta > 0$ が存在して…」という論理式で定義する。
極限の値が正しいことを「証明する」ことが目標。
高校:近づけ方を指定しない
$x$ を $a$ に「近づける」とだけ述べる。
大学:あらゆる近づけ方で成り立つことを要求
$0 < |x - a| < \delta$ を満たすすべての $x$ に対して $|f(x) - L| < \varepsilon$ が成り立つことを要求する。
ε-δ論法 ── 極限を論理式で捉える

この記事を読み終えると、以下のことができるようになります。

1. 「$\displaystyle\lim_{x \to a} f(x) = L$」のε-δ定義を正確に述べ、各記号の意味を説明できる

2. 量化子 $\forall$, $\exists$ を使ったε-δ定義の論理式を読み解ける

3. $\displaystyle\lim_{x \to 2}(3x-1) = 5$ をε-δ論法で証明できる

4. $\displaystyle\lim_{x \to 0} x^2 = 0$ をε-δ論法で証明でき、$\delta$ の取り方のコツを説明できる

5. 数列の極限のε-N定義をε-δ定義との対比で理解できる

直感だけでは判定できない極限に対処するために、大学数学ではε-δ論法という道具を使います。次のセクションで、この定義を段階的に導入します。

3ε-δ定義の導入 ─ 「限りなく近づく」を論理式にする

日本語で書くε-δ定義

セクション2で見た通り、「近づく」を厳密にするためには、「どのくらい近いか」を数値で指定できるようにする必要があります。そこで、次のように考えます。

$\displaystyle\lim_{x \to a} f(x) = L$ であるとは、次のことが成り立つことです。

「$f(x)$ と $L$ の距離をどんなに小さく指定しても、$x$ を $a$ に十分近くとれば、その指定を満たすことができる」

ここで、「$f(x)$ と $L$ の距離」を $|f(x) - L|$ で測り、「$x$ と $a$ の距離」を $|x - a|$ で測ります。 「どんなに小さく指定しても」の「小ささの指定」を文字 $\varepsilon$(イプシロン)で表し、「十分近くとれば」の「近さの範囲」を文字 $\delta$(デルタ)で表します。

すると、上の日本語は次のように書き換えられます。

「どんな $\varepsilon > 0$ を指定されても、ある $\delta > 0$ をうまく選べば、$x$ が $a$ から $\delta$ 未満の距離にあるとき(ただし $x \ne a$)、$f(x)$ は $L$ から $\varepsilon$ 未満の距離にある」

記号で書くε-δ定義

上の日本語を数式に翻訳すると、次のようになります。

関数の極限のε-δ定義

$\displaystyle\lim_{x \to a} f(x) = L$ であるとは、次の条件が成り立つことと定義する。

$$\forall \varepsilon > 0, \; \exists \delta > 0 \; \text{ s.t. } \; 0 < |x - a| < \delta \implies |f(x) - L| < \varepsilon$$

各記号の意味:

  • $\forall \varepsilon > 0$:「任意の正の実数 $\varepsilon$ に対して」
  • $\exists \delta > 0$:「ある正の実数 $\delta$ が存在して」
  • $0 < |x - a| < \delta$:「$x$ が $a$ と異なり、かつ $a$ からの距離が $\delta$ 未満」
  • $\implies$:「ならば」(条件が成り立てば結論も成り立つ)
  • $|f(x) - L| < \varepsilon$:「$f(x)$ と $L$ の距離が $\varepsilon$ 未満」

「s.t.」は such that(〜であるような)の略記です。$0 < |x - a|$ という条件は「$x \ne a$」を意味します。 極限の定義では $x = a$ での $f$ の値は問題にしません。$a$ のまわりでの $f$ の振る舞いだけが重要です。

量化子の構造を読み解く

📖 第5章 §1 で学んだ述語論理の知識を使って、この定義の構造を読み解きましょう。

ε-δ定義は $\forall \varepsilon \; \exists \delta$ という形をしています。これは「任意の〜に対して、〜が存在する」という構造です。ここで極めて重要なのは、$\delta$ は $\varepsilon$ に依存してよいという点です。

量化子の順序が $\forall \varepsilon \; \exists \delta$ であるということは、「まず $\varepsilon$ が指定され、それを見てから $\delta$ を選べる」ことを意味します。 $\varepsilon$ が大きいとき(たとえば $\varepsilon = 1$)は $\delta$ を大きくとれるかもしれませんし、$\varepsilon$ が小さいとき(たとえば $\varepsilon = 0.001$)は $\delta$ を小さくとる必要があるかもしれません。 いずれにせよ、どんな $\varepsilon > 0$ が来ても、それに応じた $\delta > 0$ を見つけられれば、極限が存在するといえます。

量化子の順序を入れ替えてはいけない

誤:$\exists \delta > 0, \; \forall \varepsilon > 0, \; 0 < |x - a| < \delta \implies |f(x) - L| < \varepsilon$

正:$\forall \varepsilon > 0, \; \exists \delta > 0 \; \text{ s.t. } \; 0 < |x - a| < \delta \implies |f(x) - L| < \varepsilon$

「誤」の文は「ある一つの $\delta$ が存在して、すべての $\varepsilon$ に対して条件が成り立つ」と読めます。 これは $|f(x) - L| = 0$(つまり $f(x) = L$)を意味し、「$a$ の近くで $f$ が定数 $L$」という極めて強い条件になります。 ε-δ定義では、$\varepsilon$ が先に来て $\delta$ が後に来る ── この順序が本質的です。

ε-δ定義を「ゲーム」で理解する

ε-δ定義は、次のような2人のプレイヤーによるゲームとして捉えることもできます。

  1. 相手(挑戦者)が、正の数 $\varepsilon$ を指定する。これは「$f(x)$ と $L$ の距離がこの $\varepsilon$ 未満になることを要求する」という挑戦です。
  2. 自分(応答者)が、正の数 $\delta$ を返す。これは「$x$ が $a$ から $\delta$ 未満の距離にあれば条件を満たす」という応答です。
  3. 実際に、$0 < |x - a| < \delta$ を満たすすべての $x$ で $|f(x) - L| < \varepsilon$ が成り立つかを確認する。

どんな $\varepsilon$ を出されても自分が勝てる(適切な $\delta$ を返せる)なら、$\displaystyle\lim_{x \to a} f(x) = L$ です。 もし相手が出した $\varepsilon$ に対して、どう $\delta$ を選んでも条件を満たせない場合があれば、$L$ は極限ではありません。

ここまでで、ε-δ定義の意味を日本語・記号・ゲームの3つの角度から理解しました。次のセクションでは、このε-δ定義を実際に使って、極限の値が正しいことを証明します。

4具体的なε-δ証明(1)─ $\lim_{x \to 2}(3x-1) = 5$

セクション1で計算した $\displaystyle\lim_{x \to 2}(3x-1) = 5$ を、セクション3で導入したε-δ定義を使って証明します。

証明の方針

ε-δ証明では、次の手順を踏みます。

  1. ゴールの確認:何を示すべきかをε-δ定義に照らして明確にする
  2. $\delta$ の発見(スクラッチワーク):与えられた $\varepsilon$ に対して、どんな $\delta$ を取ればよいかを計算で見つける
  3. 証明の記述:見つけた $\delta$ が条件を満たすことを示す

この手順は、「答えを先に見つけてから、それが正しいことを示す」という構造になっています。ε-δ証明を書くときの実際の思考過程(スクラッチワーク)と、完成した証明の記述は別物であることに注意してください。

ステップ1:ゴールの確認

ε-δ定義に当てはめると、示すべきことは次のことです。

任意の $\varepsilon > 0$ に対して、ある $\delta > 0$ が存在して、$0 < |x - 2| < \delta$ ならば $|(3x - 1) - 5| < \varepsilon$ が成り立つ。

ステップ2:$\delta$ の発見(スクラッチワーク)

結論 $|(3x-1) - 5| < \varepsilon$ を整理します。

$$|(3x-1) - 5| = |3x - 6| = 3|x - 2|$$

つまり、$3|x - 2| < \varepsilon$ を満たせばよいので、$|x - 2| < \varepsilon / 3$ が条件です。 したがって、$\delta = \varepsilon / 3$ と選べば、$|x - 2| < \delta$ のとき $|(3x-1) - 5| = 3|x-2| < 3\delta = \varepsilon$ が成り立ちます。

ステップ3:証明の記述

証明:$\lim_{x \to 2}(3x-1) = 5$

示すべきこと:$\forall \varepsilon > 0, \; \exists \delta > 0 \; \text{ s.t. } \; 0 < |x - 2| < \delta \implies |(3x-1) - 5| < \varepsilon$

任意の $\varepsilon > 0$ が与えられたとする。$\delta = \varepsilon / 3$ とおく。このとき $\delta > 0$ である($\varepsilon > 0$ より)。

$0 < |x - 2| < \delta$ を満たす任意の $x$ に対して、

$$|(3x - 1) - 5| = |3x - 6| = 3|x - 2| < 3\delta = 3 \cdot \frac{\varepsilon}{3} = \varepsilon$$

よって $|(3x-1) - 5| < \varepsilon$ が成り立つ。

以上により、$\displaystyle\lim_{x \to 2}(3x - 1) = 5$ が示された。 $\square$

証明のポイント

この証明の核心を振り返ります。

  • $\delta$ を $\varepsilon$ の式で表した:$\delta = \varepsilon/3$ です。セクション3で述べた通り、$\delta$ は $\varepsilon$ に依存してよいのでした。この例では、$\varepsilon$ を $3$ で割ったものが $\delta$ です。
  • $|f(x) - L|$ を $|x - a|$ の式に変形した:$|(3x-1) - 5| = 3|x-2|$ と変形することで、$|x-2|$ を小さくすれば $|f(x) - L|$ が小さくなるという関係が見えました。
  • 証明は「$\varepsilon$ が与えられた」から始まる:ε-δ証明は常に「任意の $\varepsilon > 0$ が与えられたとする」で始まります。$\forall$ の証明は「任意に取って固定する」のが定石です。

この例では $f(x) = 3x - 1$ が1次関数だったため、$|f(x) - L|$ と $|x - a|$ が比例関係にあり、$\delta$ の選び方が単純でした。次のセクションでは、$f(x) = x^2$ のように非線形な場合を扱い、$\delta$ の取り方に工夫が必要になる例を見ます。

5具体的なε-δ証明(2)─ $\lim_{x \to 0} x^2 = 0$

セクション4で学んだε-δ証明の方法を、$f(x) = x^2$ に適用します。この例では、$|f(x) - L|$ と $|x - a|$ が比例関係ではないため、$\delta$ の取り方にコツが必要になります。

ゴールの確認

示すべきことは次のことです。

任意の $\varepsilon > 0$ に対して、ある $\delta > 0$ が存在して、$0 < |x - 0| < \delta$ ならば $|x^2 - 0| < \varepsilon$ が成り立つ。

つまり、$|x| < \delta$ ならば $x^2 < \varepsilon$ が成り立つような $\delta$ を見つけます。

スクラッチワーク

$|x^2 - 0| = x^2 = |x|^2$ です。$|x| < \delta$ のとき $|x|^2 < \delta^2$ なので、$\delta^2 < \varepsilon$、すなわち $\delta < \sqrt{\varepsilon}$ であればよいことがわかります。

そこで $\delta = \sqrt{\varepsilon}$ と選びます($\delta = \sqrt{\varepsilon}/2$ や $\delta = \min(1, \sqrt{\varepsilon})$ でも構いません。$\delta$ は「ある $\delta$ が存在する」を示せればよく、一つ見つかれば十分です)。

証明:$\lim_{x \to 0} x^2 = 0$

示すべきこと:$\forall \varepsilon > 0, \; \exists \delta > 0 \; \text{ s.t. } \; 0 < |x| < \delta \implies x^2 < \varepsilon$

任意の $\varepsilon > 0$ が与えられたとする。$\delta = \sqrt{\varepsilon}$ とおく。$\varepsilon > 0$ より $\delta > 0$ である。

$0 < |x| < \delta$ を満たす任意の $x$ に対して、

$$|x^2 - 0| = x^2 = |x|^2 < \delta^2 = (\sqrt{\varepsilon})^2 = \varepsilon$$

よって $|x^2 - 0| < \varepsilon$ が成り立つ。

以上により、$\displaystyle\lim_{x \to 0} x^2 = 0$ が示された。 $\square$

もう一つの典型例:$\lim_{x \to 1} x^2 = 1$

$a = 0$ のケースでは比較的単純でした。$a \ne 0$ の場合はどうでしょうか。$\displaystyle\lim_{x \to 1} x^2 = 1$ を考えます。

まず $|f(x) - L| = |x^2 - 1| = |x+1| \cdot |x-1|$ と因数分解します。セクション4の1次関数のケースとは異なり、$|x-1|$ だけでなく $|x+1|$ という因子も現れます。$|x+1|$ の大きさが $x$ の値に依存するので、これを適切に評価(上から抑える)する必要があります。

ここで、$|x - 1| < 1$(すなわち $0 < x < 2$)と制限すれば、$|x + 1| < 3$ と上から抑えられます。 このとき $|x^2 - 1| = |x+1| \cdot |x-1| < 3|x-1|$ です。$3|x-1| < \varepsilon$ にするには $|x-1| < \varepsilon/3$ であればよいです。

ただし、上で $|x-1| < 1$ という制限も課したので、$\delta$ は両方の条件を同時に満たす必要があります。そこで $\delta = \min(1, \varepsilon/3)$ と選びます。

証明:$\lim_{x \to 1} x^2 = 1$

示すべきこと:$\forall \varepsilon > 0, \; \exists \delta > 0 \; \text{ s.t. } \; 0 < |x - 1| < \delta \implies |x^2 - 1| < \varepsilon$

任意の $\varepsilon > 0$ が与えられたとする。$\delta = \min(1, \, \varepsilon/3)$ とおく。$\varepsilon > 0$ より $\varepsilon/3 > 0$ なので $\delta > 0$ である。

$0 < |x - 1| < \delta$ を満たす任意の $x$ をとる。

$\delta \le 1$ より $|x - 1| < 1$ なので $0 < x < 2$ であり、$|x + 1| < 3$ が成り立つ。

また $\delta \le \varepsilon/3$ より $|x - 1| < \varepsilon/3$ である。

したがって、

$$|x^2 - 1| = |x + 1| \cdot |x - 1| < 3 \cdot \frac{\varepsilon}{3} = \varepsilon$$

よって $|x^2 - 1| < \varepsilon$ が成り立つ。

以上により、$\displaystyle\lim_{x \to 1} x^2 = 1$ が示された。 $\square$

$\delta$ の取り方のコツ

セクション4とセクション5の証明を通じて、ε-δ証明における $\delta$ の取り方の基本パターンが見えてきました。

$\delta$ の取り方の基本戦略

1次関数の場合:$|f(x) - L| = c|x - a|$($c$ は定数)の形になるので、$\delta = \varepsilon / c$ と選べばよい。

非線形関数の場合:$|f(x) - L|$ を因数分解して $|x - a|$ と「残りの因子」に分ける。残りの因子を $|x - a| < 1$ などの制限のもとで定数で上から抑え、$\delta = \min(1, \varepsilon / (\text{その定数}))$ と選ぶ。

$\min$ を使う理由:「$|x - a|$ が $1$ 以下の範囲に限る」という制限と、「$|f(x) - L| < \varepsilon$ を保証する」という本来の条件を、同時に満たすため。

ε-δ証明の技法を2つの例で身につけました。次のセクションでは、同じ発想が数列の極限や発散の定義にも使えることを見ます。

6応用 ─ 数列の極限と発散の定義

数列の極限のε-N定義

高校数学IIIでは、数列 $\{a_n\}$ が $\alpha$ に収束することを $\displaystyle\lim_{n \to \infty} a_n = \alpha$ と書きます。 これも「$n$ を限りなく大きくすると $a_n$ が $\alpha$ に限りなく近づく」という直感的な説明にとどまっています。

関数の極限をε-δで定式化したのと同じ発想で、数列の極限も厳密に定義できます。 関数の極限では「$x$ が $a$ に近い」を $0 < |x - a| < \delta$ で表しましたが、 数列の場合は「$n$ が十分大きい」を $n > N$ で表します。$\delta$ の代わりに自然数 $N$ を使うため、ε-N定義と呼びます。

数列の極限のε-N定義

$\displaystyle\lim_{n \to \infty} a_n = \alpha$ であるとは、次の条件が成り立つことと定義する。

$$\forall \varepsilon > 0, \; \exists N \in \mathbb{N} \; \text{ s.t. } \; n > N \implies |a_n - \alpha| < \varepsilon$$

各記号の意味:

  • $\forall \varepsilon > 0$:「任意の正の実数 $\varepsilon$ に対して」(指定される精度)
  • $\exists N \in \mathbb{N}$:「ある自然数 $N$ が存在して」(十分大きい番号の閾値)
  • $n > N \implies |a_n - \alpha| < \varepsilon$:「$n$ が $N$ より大きければ、$a_n$ と $\alpha$ の距離が $\varepsilon$ 未満」

ε-δ定義と比較してみましょう。

関数の極限(ε-δ) 数列の極限(ε-N)
定義の形 $\forall \varepsilon > 0, \; \exists \delta > 0$ $\forall \varepsilon > 0, \; \exists N \in \mathbb{N}$
「近い」の条件 $0 < |x - a| < \delta$ $n > N$
結論 $|f(x) - L| < \varepsilon$ $|a_n - \alpha| < \varepsilon$
直感的な意味 $x$ を $a$ に十分近くとれば $f(x)$ は $L$ に近い $n$ を十分大きくとれば $a_n$ は $\alpha$ に近い

構造は全く同じです。「$\forall \varepsilon \; \exists$(何か)」の形で、「出力の誤差 $\varepsilon$ をどんなに小さくしても、入力をうまく制御すれば条件を満たせる」ことを述べています。

ε-N証明の例:$\lim_{n \to \infty} 1/n = 0$

セクション4, 5で学んだε-δ証明の方法をε-N証明に転用してみましょう。

証明:$\lim_{n \to \infty} 1/n = 0$

示すべきこと:$\forall \varepsilon > 0, \; \exists N \in \mathbb{N} \; \text{ s.t. } \; n > N \implies |1/n - 0| < \varepsilon$

任意の $\varepsilon > 0$ が与えられたとする。アルキメデスの性質より、$N > 1/\varepsilon$ を満たす自然数 $N$ が存在する(たとえば $N = \lceil 1/\varepsilon \rceil$ ととれる。ここで $\lceil \cdot \rceil$ は天井関数で、実数以上の最小の整数を表す)。

$n > N$ を満たす任意の自然数 $n$ に対して、

$$\left|\frac{1}{n} - 0\right| = \frac{1}{n} < \frac{1}{N} < \varepsilon$$

(最後の不等式は $N > 1/\varepsilon$ すなわち $1/N < \varepsilon$ による。)

よって $|1/n - 0| < \varepsilon$ が成り立つ。

以上により、$\displaystyle\lim_{n \to \infty} 1/n = 0$ が示された。 $\square$

セクション4の証明と同じパターンです。$|a_n - \alpha| = 1/n$ を $\varepsilon$ 未満にするために、$n > 1/\varepsilon$ であればよいことを見出し、$N = \lceil 1/\varepsilon \rceil$ と選びました。$\delta$ を $\varepsilon$ の式で表したのと同じように、$N$ を $\varepsilon$ の式で表しています。

発散の厳密な定義

ε-δ論法の枠組みは、極限が「存在する」場合だけでなく、「存在しない」場合や「正の無限大に発散する」場合にも使えます。

高校では「$f(x)$ が限りなく大きくなる」ことを $\displaystyle\lim_{x \to a} f(x) = \infty$ と書きます。これも厳密に定義できます。

正の無限大への発散の定義

$\displaystyle\lim_{x \to a} f(x) = \infty$ であるとは、次の条件が成り立つことと定義する。

$$\forall M > 0, \; \exists \delta > 0 \; \text{ s.t. } \; 0 < |x - a| < \delta \implies f(x) > M$$

「$f(x)$ と $L$ の距離が $\varepsilon$ 未満」の代わりに「$f(x)$ が $M$ より大きい」が結論になっています。 「どんなに大きな $M$ を指定しても、$x$ を $a$ に十分近くとれば $f(x) > M$ にできる」という意味です。

ε-δ定義では「出力を $L$ に近づける($|f(x) - L| < \varepsilon$)」でしたが、発散の定義では「出力をいくらでも大きくする($f(x) > M$)」に変わっています。どちらも「任意の〜に対して、ある $\delta$ が存在して…」という $\forall \cdots \exists \delta$ の構造は共通です。

「極限が存在しない」ことの証明

セクション2で例に挙げたディリクレの関数 $f(x)$(有理数で $1$、無理数で $0$)について、$\displaystyle\lim_{x \to 0} f(x)$ が存在しないことを厳密に示すには、ε-δ定義の否定を使います。

ε-δ定義「$\forall \varepsilon > 0, \exists \delta > 0 \ldots$」の否定は「$\exists \varepsilon > 0, \forall \delta > 0 \ldots$(条件が破れる $x$ が存在する)」です。 📖 第5章 §1 で学んだ通り、$\forall$ の否定は $\exists$ に、$\exists$ の否定は $\forall$ になります。

たとえば $L = 1$ と仮定し、$\varepsilon = 1/2$ をとります。 どんな $\delta > 0$ に対しても、$0 < |x| < \delta$ の範囲には無理数 $x$ が存在し、 そのとき $|f(x) - 1| = |0 - 1| = 1 > 1/2 = \varepsilon$ です。 同様に $L = 0$ としても、有理数をとれば $|f(x) - 0| = 1 > 1/2$ です。 一般の $L$ についても同様の議論で矛盾が導けるため、極限は存在しません。

7つながりマップ

  • 前提知識📖 M-5-1 述語論理と量化子 ── ε-δ定義の論理式を読み解くために、$\forall$(全称量化子)と $\exists$(存在量化子)の意味を知っている必要があります。
  • 前提知識📖 M-6-1 関数の厳密な定義 ── $f(x)$ を「写像」として捉える視点があると、ε-δ定義の「入力の制御 → 出力の制御」という構造がより明確になります。
  • 発展📖 M-6-3 連続性の深層 ── 「$f$ が $a$ で連続」を $\displaystyle\lim_{x \to a} f(x) = f(a)$ と定義し、中間値の定理を証明します。ε-δ論法が中心的な道具として使われます。
  • 発展📖 M-7-1 微分の厳密化 ── 微分係数の定義 $f'(a) = \displaystyle\lim_{h \to 0} \frac{f(a+h) - f(a)}{h}$ にε-δ論法を適用します。
  • 関連📖 M-1-2 実数の完備性 ── ε-δ論法が正しく機能するためには、実数の完備性(有界単調数列が収束する、など)が不可欠です。
まとめ
  • 高校の「限りなく近づく」という直感的な表現は、大学数学ではε-δ論法として厳密に定式化される。 「任意の $\varepsilon > 0$ に対して、ある $\delta > 0$ が存在して、$0 < |x - a| < \delta$ ならば $|f(x) - L| < \varepsilon$」がその定義である。
  • ε-δ定義の構造は $\forall \varepsilon \; \exists \delta$ であり、$\delta$ は $\varepsilon$ に依存してよい。 量化子の順序 $\forall \cdots \exists$ が本質的であり、入れ替えると意味が変わる。
  • ε-δ証明の基本手順は:(1) ゴールの確認、(2) $|f(x) - L|$ を $|x - a|$ の式に変形して $\delta$ を発見、(3) その $\delta$ で条件が成り立つことを記述する。 非線形関数では $\delta = \min(1, \varepsilon / c)$ の形を使うことが多い。
  • 数列の極限も同じ構造(ε-N定義:$\forall \varepsilon > 0, \exists N \in \mathbb{N}$)で定式化され、 発散の定義も「$\forall M > 0, \exists \delta > 0$」のように $\forall \cdots \exists$ の枠組みで統一的に記述できる。

9確認テスト

理解度チェック

Q1. ε-δ定義 $\forall \varepsilon > 0, \exists \delta > 0 \; \text{ s.t. } \; 0 < |x - a| < \delta \implies |f(x) - L| < \varepsilon$ において、$0 < |x - a|$ という条件はなぜ必要ですか。

クリックして解答を表示 $0 < |x - a|$ は $x \ne a$ を意味します。極限の定義では $x$ が $a$ に「近づく」ときの $f(x)$ の振る舞いを問題にしており、$x = a$ での $f$ の値(定義されていない場合もある)は関係ありません。たとえば $f(x) = (x^2 - 1)/(x - 1)$ は $x = 1$ で定義されませんが、$\displaystyle\lim_{x \to 1} f(x) = 2$ です。

Q2. $\displaystyle\lim_{x \to 3}(2x + 1) = 7$ をε-δ論法で証明するとき、$\varepsilon > 0$ に対して $\delta$ をどう選べばよいですか。

クリックして解答を表示 $|(2x+1) - 7| = |2x - 6| = 2|x - 3|$ なので、$2|x - 3| < \varepsilon$ すなわち $|x - 3| < \varepsilon/2$ であればよいです。したがって $\delta = \varepsilon/2$ と選びます。$0 < |x - 3| < \delta$ のとき、$|(2x+1) - 7| = 2|x-3| < 2 \cdot (\varepsilon/2) = \varepsilon$ が成り立ちます。

Q3. ε-δ定義と数列のε-N定義に共通する論理構造を、量化子を用いて説明してください。

クリックして解答を表示 どちらも「$\forall \varepsilon > 0, \exists$(何か)」という形をしています。ε-δ定義では $\exists \delta > 0$、ε-N定義では $\exists N \in \mathbb{N}$ です。いずれも「出力の誤差を $\varepsilon$ 未満に抑えたい」という要求に対して、「入力を適切に制御する手段($\delta$ または $N$)が存在する」ことを主張しています。$\forall$(精度の要求)が先、$\exists$(手段の存在)が後という順序が共通の本質です。

Q4. $\displaystyle\lim_{x \to 1} x^2 = 1$ のε-δ証明で $\delta = \min(1, \varepsilon/3)$ と選ぶ理由を説明してください。$\delta = \varepsilon/3$ だけではなぜ不十分ですか。

クリックして解答を表示 $|x^2 - 1| = |x+1| \cdot |x-1|$ であり、$|x+1|$ を定数で上から抑えるために $|x-1| < 1$(すなわち $0 < x < 2$)という制限が必要です。この制限のもとで $|x+1| < 3$ と評価し、$|x^2 - 1| < 3|x-1|$ を得ます。$\delta = \varepsilon/3$ だけでは、$\varepsilon$ が大きいとき(たとえば $\varepsilon = 100$)に $\delta = 100/3 \approx 33$ となり、$|x-1| < 1$ の制限が保証されません。$\min(1, \varepsilon/3)$ ととることで、$\delta \le 1$ が常に成り立ち、$|x+1| < 3$ の評価が使えるようになります。

10演習問題

問1 A 基本

次の文を、ε-δ定義の記号を用いた論理式に書き換えてください。

「$x$ が $5$ に限りなく近づくとき、$f(x)$ は $3$ に限りなく近づく」

クリックして解答を表示
解答

$$\forall \varepsilon > 0, \; \exists \delta > 0 \; \text{ s.t. } \; 0 < |x - 5| < \delta \implies |f(x) - 3| < \varepsilon$$

解説

$a = 5$, $L = 3$ としてε-δ定義に当てはめます。「$x$ が $5$ に近い」を $0 < |x - 5| < \delta$ で、「$f(x)$ が $3$ に近い」を $|f(x) - 3| < \varepsilon$ で表しています。

問2 A 基本

$\displaystyle\lim_{x \to 4}(5x + 2) = 22$ をε-δ論法で証明してください。

クリックして解答を表示
解答

任意の $\varepsilon > 0$ が与えられたとする。$\delta = \varepsilon / 5$ とおく。$\varepsilon > 0$ より $\delta > 0$ である。

$0 < |x - 4| < \delta$ を満たす任意の $x$ に対して、

$$|(5x + 2) - 22| = |5x - 20| = 5|x - 4| < 5\delta = 5 \cdot \frac{\varepsilon}{5} = \varepsilon$$

よって $|(5x+2) - 22| < \varepsilon$ が成り立つ。 $\square$

解説

セクション4と同じパターンです。$|f(x) - L| = 5|x - 4|$ と変形して係数 $5$ を読み取り、$\delta = \varepsilon/5$ と選びました。

問3 B 計算

$\displaystyle\lim_{x \to 2} x^2 = 4$ をε-δ論法で証明してください。

ヒント:$|x^2 - 4| = |x+2| \cdot |x-2|$ と因数分解し、$|x - 2| < 1$ の制限のもとで $|x + 2|$ を上から抑えてください。

クリックして解答を表示
解答

任意の $\varepsilon > 0$ が与えられたとする。$\delta = \min(1, \varepsilon/5)$ とおく。$\delta > 0$ である。

$0 < |x - 2| < \delta$ を満たす任意の $x$ をとる。

$\delta \le 1$ より $|x - 2| < 1$ なので $1 < x < 3$ であり、$|x + 2| < 5$ が成り立つ。

また $\delta \le \varepsilon/5$ より $|x - 2| < \varepsilon/5$ である。

$$|x^2 - 4| = |x + 2| \cdot |x - 2| < 5 \cdot \frac{\varepsilon}{5} = \varepsilon$$

よって $|x^2 - 4| < \varepsilon$ が成り立つ。 $\square$

解説

セクション5の $\displaystyle\lim_{x \to 1} x^2 = 1$ と同じ手法です。$|x-2| < 1$ のとき $1 < x < 3$ なので $|x+2| < 5$ と評価し、$\delta = \min(1, \varepsilon/5)$ としました。

問4 B 計算

数列の極限 $\displaystyle\lim_{n \to \infty} \frac{2n+1}{n} = 2$ をε-N定義を用いて証明してください。

クリックして解答を表示
解答

任意の $\varepsilon > 0$ が与えられたとする。$N = \lceil 1/\varepsilon \rceil$ とおく($1/\varepsilon$ 以上の最小の自然数)。$N \ge 1$ より $N \in \mathbb{N}$ である。

$n > N$ を満たす任意の自然数 $n$ に対して、

$$\left|\frac{2n+1}{n} - 2\right| = \left|\frac{2n+1 - 2n}{n}\right| = \frac{1}{n} < \frac{1}{N} \le \varepsilon$$

(最後の不等式は $N \ge 1/\varepsilon$ すなわち $1/N \le \varepsilon$ による。)

よって $\left|\dfrac{2n+1}{n} - 2\right| < \varepsilon$ が成り立つ。 $\square$

解説

$\frac{2n+1}{n} - 2 = \frac{1}{n}$ と変形できるので、セクション6の $\lim 1/n = 0$ の証明とほぼ同じ構造です。$n$ が大きいほど $1/n$ が小さくなることを利用しています。

問5 C 論述

$\displaystyle\lim_{x \to 0} \frac{1}{x^2} = \infty$ を、セクション6で導入した発散の定義を用いて証明してください。

ヒント:任意の $M > 0$ に対して、$0 < |x| < \delta$ ならば $1/x^2 > M$ が成り立つような $\delta$ を見つけてください。

クリックして解答を表示
解答

示すべきこと:$\forall M > 0, \; \exists \delta > 0 \; \text{ s.t. } \; 0 < |x| < \delta \implies 1/x^2 > M$

任意の $M > 0$ が与えられたとする。$\delta = 1/\sqrt{M}$ とおく。$M > 0$ より $\delta > 0$ である。

$0 < |x| < \delta$ を満たす任意の $x$ に対して、

$$\frac{1}{x^2} = \frac{1}{|x|^2} > \frac{1}{\delta^2} = \frac{1}{(1/\sqrt{M})^2} = M$$

よって $1/x^2 > M$ が成り立つ。 $\square$

解説

$1/x^2 > M$ は $x^2 < 1/M$、すなわち $|x| < 1/\sqrt{M}$ と同値です。そこで $\delta = 1/\sqrt{M}$ と選びます。$\varepsilon$ に応じて $\delta$ を選んだのと同じように、$M$ に応じて $\delta$ を選んでいます。$M$ が大きいほど $\delta$ は小さくなり、「$x$ を $0$ にさらに近づけなければ $f(x)$ を大きくできない」ことを反映しています。