高校数学III では「$x$ が $a$ に限りなく近づくとき、$f(x)$ が $L$ に限りなく近づく」ことを $\displaystyle\lim_{x \to a} f(x) = L$ と書き、極限の計算を行います。
この「限りなく近づく」という表現は直感的にはわかりやすいものの、正確な意味が曖昧です。
「近い」とはどのくらい近ければよいのか、「限りなく」とは何を意味するのか ── これらの問いに答えるのが、大学数学のε-δ論法(イプシロン・デルタ論法)です。
ε-δ論法は「任意の $\varepsilon > 0$ に対して、ある $\delta > 0$ が存在して…」という構造を持ちます。
この構造は、📖 第5章 §1 で学んだ量化子 $\forall$(任意の)と $\exists$(存在する)の組み合わせそのものです。
ε-δ論法を理解すると、極限の計算が正しいことを証明できるようになり、直感が裏切る場面でも正確な議論ができるようになります。
高校数学IIIでは、関数の極限を次のように学びます。
そして、極限の性質(和・積・商の極限、はさみうちの原理など)を使って具体的な計算を行います。たとえば次のような問題です。
例題:$\displaystyle\lim_{x \to 2}(3x - 1)$ を求めよ。
高校では $x$ に $2$ を代入して $3 \cdot 2 - 1 = 5$ と答えます。連続関数では $x = a$ を代入すれば極限が求まるからです。 もう少し複雑な場合でも、因数分解やロピタルの定理(数学IIIの発展内容)を使って計算します。
しかし、ここで注意すべきことがあります。高校の方法は「極限の値を求める」ことはできても、「その値が本当に極限であること」を証明しているわけではありません。 「$x$ を $2$ に近づけると $3x-1$ は $5$ に近づく ── 当たり前ではないか」と思うかもしれません。 しかし、「近づく」とは正確にはどういう意味でしょうか。次のセクションでは、この素朴な表現が持つ曖昧さを明らかにします。
「$x$ が $a$ に限りなく近づくとき、$f(x)$ が $L$ に限りなく近づく」という文は、日常言語としては理解できますが、数学的には曖昧です。次の問いに答えようとすると、言葉だけでは行き詰まります。
直感的に正しそうな主張が実は正しくない例もあります。次の関数を考えてください。
例:$f(x)$ を次のように定義します。
$$f(x) = \begin{cases} 1 & (x \text{ が有理数のとき}) \\ 0 & (x \text{ が無理数のとき}) \end{cases}$$
この関数(ディリクレの関数と呼ばれます)について、$\displaystyle\lim_{x \to 0} f(x)$ は存在するでしょうか。 $x = 0.1, 0.01, 0.001, \ldots$ と有理数で $0$ に近づけると、$f(x) = 1$ が続くので、極限は $1$ に見えます。 しかし、$x = \sqrt{2}/10, \sqrt{2}/100, \sqrt{2}/1000, \ldots$ と無理数で $0$ に近づけると、$f(x) = 0$ が続くので、極限は $0$ に見えます。
近づけ方によって「極限」の値が変わってしまう ── これは直感では処理しきれない状況です。 この関数の極限が存在しないことを厳密に示すためには、「極限が存在する」とはどういうことかを、まず正確に定義しなければなりません。
この記事を読み終えると、以下のことができるようになります。
1. 「$\displaystyle\lim_{x \to a} f(x) = L$」のε-δ定義を正確に述べ、各記号の意味を説明できる
2. 量化子 $\forall$, $\exists$ を使ったε-δ定義の論理式を読み解ける
3. $\displaystyle\lim_{x \to 2}(3x-1) = 5$ をε-δ論法で証明できる
4. $\displaystyle\lim_{x \to 0} x^2 = 0$ をε-δ論法で証明でき、$\delta$ の取り方のコツを説明できる
5. 数列の極限のε-N定義をε-δ定義との対比で理解できる
直感だけでは判定できない極限に対処するために、大学数学ではε-δ論法という道具を使います。次のセクションで、この定義を段階的に導入します。
セクション2で見た通り、「近づく」を厳密にするためには、「どのくらい近いか」を数値で指定できるようにする必要があります。そこで、次のように考えます。
$\displaystyle\lim_{x \to a} f(x) = L$ であるとは、次のことが成り立つことです。
「$f(x)$ と $L$ の距離をどんなに小さく指定しても、$x$ を $a$ に十分近くとれば、その指定を満たすことができる」
ここで、「$f(x)$ と $L$ の距離」を $|f(x) - L|$ で測り、「$x$ と $a$ の距離」を $|x - a|$ で測ります。 「どんなに小さく指定しても」の「小ささの指定」を文字 $\varepsilon$(イプシロン)で表し、「十分近くとれば」の「近さの範囲」を文字 $\delta$(デルタ)で表します。
すると、上の日本語は次のように書き換えられます。
「どんな $\varepsilon > 0$ を指定されても、ある $\delta > 0$ をうまく選べば、$x$ が $a$ から $\delta$ 未満の距離にあるとき(ただし $x \ne a$)、$f(x)$ は $L$ から $\varepsilon$ 未満の距離にある」
上の日本語を数式に翻訳すると、次のようになります。
$\displaystyle\lim_{x \to a} f(x) = L$ であるとは、次の条件が成り立つことと定義する。
$$\forall \varepsilon > 0, \; \exists \delta > 0 \; \text{ s.t. } \; 0 < |x - a| < \delta \implies |f(x) - L| < \varepsilon$$
各記号の意味:
「s.t.」は such that(〜であるような)の略記です。$0 < |x - a|$ という条件は「$x \ne a$」を意味します。 極限の定義では $x = a$ での $f$ の値は問題にしません。$a$ のまわりでの $f$ の振る舞いだけが重要です。
📖 第5章 §1 で学んだ述語論理の知識を使って、この定義の構造を読み解きましょう。
ε-δ定義は $\forall \varepsilon \; \exists \delta$ という形をしています。これは「任意の〜に対して、〜が存在する」という構造です。ここで極めて重要なのは、$\delta$ は $\varepsilon$ に依存してよいという点です。
量化子の順序が $\forall \varepsilon \; \exists \delta$ であるということは、「まず $\varepsilon$ が指定され、それを見てから $\delta$ を選べる」ことを意味します。 $\varepsilon$ が大きいとき(たとえば $\varepsilon = 1$)は $\delta$ を大きくとれるかもしれませんし、$\varepsilon$ が小さいとき(たとえば $\varepsilon = 0.001$)は $\delta$ を小さくとる必要があるかもしれません。 いずれにせよ、どんな $\varepsilon > 0$ が来ても、それに応じた $\delta > 0$ を見つけられれば、極限が存在するといえます。
誤:$\exists \delta > 0, \; \forall \varepsilon > 0, \; 0 < |x - a| < \delta \implies |f(x) - L| < \varepsilon$
正:$\forall \varepsilon > 0, \; \exists \delta > 0 \; \text{ s.t. } \; 0 < |x - a| < \delta \implies |f(x) - L| < \varepsilon$
「誤」の文は「ある一つの $\delta$ が存在して、すべての $\varepsilon$ に対して条件が成り立つ」と読めます。 これは $|f(x) - L| = 0$(つまり $f(x) = L$)を意味し、「$a$ の近くで $f$ が定数 $L$」という極めて強い条件になります。 ε-δ定義では、$\varepsilon$ が先に来て $\delta$ が後に来る ── この順序が本質的です。
ε-δ定義は、次のような2人のプレイヤーによるゲームとして捉えることもできます。
どんな $\varepsilon$ を出されても自分が勝てる(適切な $\delta$ を返せる)なら、$\displaystyle\lim_{x \to a} f(x) = L$ です。 もし相手が出した $\varepsilon$ に対して、どう $\delta$ を選んでも条件を満たせない場合があれば、$L$ は極限ではありません。
ここまでで、ε-δ定義の意味を日本語・記号・ゲームの3つの角度から理解しました。次のセクションでは、このε-δ定義を実際に使って、極限の値が正しいことを証明します。
セクション1で計算した $\displaystyle\lim_{x \to 2}(3x-1) = 5$ を、セクション3で導入したε-δ定義を使って証明します。
ε-δ証明では、次の手順を踏みます。
この手順は、「答えを先に見つけてから、それが正しいことを示す」という構造になっています。ε-δ証明を書くときの実際の思考過程(スクラッチワーク)と、完成した証明の記述は別物であることに注意してください。
ε-δ定義に当てはめると、示すべきことは次のことです。
任意の $\varepsilon > 0$ に対して、ある $\delta > 0$ が存在して、$0 < |x - 2| < \delta$ ならば $|(3x - 1) - 5| < \varepsilon$ が成り立つ。
結論 $|(3x-1) - 5| < \varepsilon$ を整理します。
$$|(3x-1) - 5| = |3x - 6| = 3|x - 2|$$
つまり、$3|x - 2| < \varepsilon$ を満たせばよいので、$|x - 2| < \varepsilon / 3$ が条件です。 したがって、$\delta = \varepsilon / 3$ と選べば、$|x - 2| < \delta$ のとき $|(3x-1) - 5| = 3|x-2| < 3\delta = \varepsilon$ が成り立ちます。
示すべきこと:$\forall \varepsilon > 0, \; \exists \delta > 0 \; \text{ s.t. } \; 0 < |x - 2| < \delta \implies |(3x-1) - 5| < \varepsilon$
任意の $\varepsilon > 0$ が与えられたとする。$\delta = \varepsilon / 3$ とおく。このとき $\delta > 0$ である($\varepsilon > 0$ より)。
$0 < |x - 2| < \delta$ を満たす任意の $x$ に対して、
$$|(3x - 1) - 5| = |3x - 6| = 3|x - 2| < 3\delta = 3 \cdot \frac{\varepsilon}{3} = \varepsilon$$
よって $|(3x-1) - 5| < \varepsilon$ が成り立つ。
以上により、$\displaystyle\lim_{x \to 2}(3x - 1) = 5$ が示された。 $\square$
この証明の核心を振り返ります。
この例では $f(x) = 3x - 1$ が1次関数だったため、$|f(x) - L|$ と $|x - a|$ が比例関係にあり、$\delta$ の選び方が単純でした。次のセクションでは、$f(x) = x^2$ のように非線形な場合を扱い、$\delta$ の取り方に工夫が必要になる例を見ます。
セクション4で学んだε-δ証明の方法を、$f(x) = x^2$ に適用します。この例では、$|f(x) - L|$ と $|x - a|$ が比例関係ではないため、$\delta$ の取り方にコツが必要になります。
示すべきことは次のことです。
任意の $\varepsilon > 0$ に対して、ある $\delta > 0$ が存在して、$0 < |x - 0| < \delta$ ならば $|x^2 - 0| < \varepsilon$ が成り立つ。
つまり、$|x| < \delta$ ならば $x^2 < \varepsilon$ が成り立つような $\delta$ を見つけます。
$|x^2 - 0| = x^2 = |x|^2$ です。$|x| < \delta$ のとき $|x|^2 < \delta^2$ なので、$\delta^2 < \varepsilon$、すなわち $\delta < \sqrt{\varepsilon}$ であればよいことがわかります。
そこで $\delta = \sqrt{\varepsilon}$ と選びます($\delta = \sqrt{\varepsilon}/2$ や $\delta = \min(1, \sqrt{\varepsilon})$ でも構いません。$\delta$ は「ある $\delta$ が存在する」を示せればよく、一つ見つかれば十分です)。
示すべきこと:$\forall \varepsilon > 0, \; \exists \delta > 0 \; \text{ s.t. } \; 0 < |x| < \delta \implies x^2 < \varepsilon$
任意の $\varepsilon > 0$ が与えられたとする。$\delta = \sqrt{\varepsilon}$ とおく。$\varepsilon > 0$ より $\delta > 0$ である。
$0 < |x| < \delta$ を満たす任意の $x$ に対して、
$$|x^2 - 0| = x^2 = |x|^2 < \delta^2 = (\sqrt{\varepsilon})^2 = \varepsilon$$
よって $|x^2 - 0| < \varepsilon$ が成り立つ。
以上により、$\displaystyle\lim_{x \to 0} x^2 = 0$ が示された。 $\square$
$a = 0$ のケースでは比較的単純でした。$a \ne 0$ の場合はどうでしょうか。$\displaystyle\lim_{x \to 1} x^2 = 1$ を考えます。
まず $|f(x) - L| = |x^2 - 1| = |x+1| \cdot |x-1|$ と因数分解します。セクション4の1次関数のケースとは異なり、$|x-1|$ だけでなく $|x+1|$ という因子も現れます。$|x+1|$ の大きさが $x$ の値に依存するので、これを適切に評価(上から抑える)する必要があります。
ここで、$|x - 1| < 1$(すなわち $0 < x < 2$)と制限すれば、$|x + 1| < 3$ と上から抑えられます。 このとき $|x^2 - 1| = |x+1| \cdot |x-1| < 3|x-1|$ です。$3|x-1| < \varepsilon$ にするには $|x-1| < \varepsilon/3$ であればよいです。
ただし、上で $|x-1| < 1$ という制限も課したので、$\delta$ は両方の条件を同時に満たす必要があります。そこで $\delta = \min(1, \varepsilon/3)$ と選びます。
示すべきこと:$\forall \varepsilon > 0, \; \exists \delta > 0 \; \text{ s.t. } \; 0 < |x - 1| < \delta \implies |x^2 - 1| < \varepsilon$
任意の $\varepsilon > 0$ が与えられたとする。$\delta = \min(1, \, \varepsilon/3)$ とおく。$\varepsilon > 0$ より $\varepsilon/3 > 0$ なので $\delta > 0$ である。
$0 < |x - 1| < \delta$ を満たす任意の $x$ をとる。
$\delta \le 1$ より $|x - 1| < 1$ なので $0 < x < 2$ であり、$|x + 1| < 3$ が成り立つ。
また $\delta \le \varepsilon/3$ より $|x - 1| < \varepsilon/3$ である。
したがって、
$$|x^2 - 1| = |x + 1| \cdot |x - 1| < 3 \cdot \frac{\varepsilon}{3} = \varepsilon$$
よって $|x^2 - 1| < \varepsilon$ が成り立つ。
以上により、$\displaystyle\lim_{x \to 1} x^2 = 1$ が示された。 $\square$
セクション4とセクション5の証明を通じて、ε-δ証明における $\delta$ の取り方の基本パターンが見えてきました。
1次関数の場合:$|f(x) - L| = c|x - a|$($c$ は定数)の形になるので、$\delta = \varepsilon / c$ と選べばよい。
非線形関数の場合:$|f(x) - L|$ を因数分解して $|x - a|$ と「残りの因子」に分ける。残りの因子を $|x - a| < 1$ などの制限のもとで定数で上から抑え、$\delta = \min(1, \varepsilon / (\text{その定数}))$ と選ぶ。
$\min$ を使う理由:「$|x - a|$ が $1$ 以下の範囲に限る」という制限と、「$|f(x) - L| < \varepsilon$ を保証する」という本来の条件を、同時に満たすため。
ε-δ証明の技法を2つの例で身につけました。次のセクションでは、同じ発想が数列の極限や発散の定義にも使えることを見ます。
高校数学IIIでは、数列 $\{a_n\}$ が $\alpha$ に収束することを $\displaystyle\lim_{n \to \infty} a_n = \alpha$ と書きます。 これも「$n$ を限りなく大きくすると $a_n$ が $\alpha$ に限りなく近づく」という直感的な説明にとどまっています。
関数の極限をε-δで定式化したのと同じ発想で、数列の極限も厳密に定義できます。 関数の極限では「$x$ が $a$ に近い」を $0 < |x - a| < \delta$ で表しましたが、 数列の場合は「$n$ が十分大きい」を $n > N$ で表します。$\delta$ の代わりに自然数 $N$ を使うため、ε-N定義と呼びます。
$\displaystyle\lim_{n \to \infty} a_n = \alpha$ であるとは、次の条件が成り立つことと定義する。
$$\forall \varepsilon > 0, \; \exists N \in \mathbb{N} \; \text{ s.t. } \; n > N \implies |a_n - \alpha| < \varepsilon$$
各記号の意味:
ε-δ定義と比較してみましょう。
| 関数の極限(ε-δ) | 数列の極限(ε-N) | |
|---|---|---|
| 定義の形 | $\forall \varepsilon > 0, \; \exists \delta > 0$ | $\forall \varepsilon > 0, \; \exists N \in \mathbb{N}$ |
| 「近い」の条件 | $0 < |x - a| < \delta$ | $n > N$ |
| 結論 | $|f(x) - L| < \varepsilon$ | $|a_n - \alpha| < \varepsilon$ |
| 直感的な意味 | $x$ を $a$ に十分近くとれば $f(x)$ は $L$ に近い | $n$ を十分大きくとれば $a_n$ は $\alpha$ に近い |
構造は全く同じです。「$\forall \varepsilon \; \exists$(何か)」の形で、「出力の誤差 $\varepsilon$ をどんなに小さくしても、入力をうまく制御すれば条件を満たせる」ことを述べています。
セクション4, 5で学んだε-δ証明の方法をε-N証明に転用してみましょう。
示すべきこと:$\forall \varepsilon > 0, \; \exists N \in \mathbb{N} \; \text{ s.t. } \; n > N \implies |1/n - 0| < \varepsilon$
任意の $\varepsilon > 0$ が与えられたとする。アルキメデスの性質より、$N > 1/\varepsilon$ を満たす自然数 $N$ が存在する(たとえば $N = \lceil 1/\varepsilon \rceil$ ととれる。ここで $\lceil \cdot \rceil$ は天井関数で、実数以上の最小の整数を表す)。
$n > N$ を満たす任意の自然数 $n$ に対して、
$$\left|\frac{1}{n} - 0\right| = \frac{1}{n} < \frac{1}{N} < \varepsilon$$
(最後の不等式は $N > 1/\varepsilon$ すなわち $1/N < \varepsilon$ による。)
よって $|1/n - 0| < \varepsilon$ が成り立つ。
以上により、$\displaystyle\lim_{n \to \infty} 1/n = 0$ が示された。 $\square$
セクション4の証明と同じパターンです。$|a_n - \alpha| = 1/n$ を $\varepsilon$ 未満にするために、$n > 1/\varepsilon$ であればよいことを見出し、$N = \lceil 1/\varepsilon \rceil$ と選びました。$\delta$ を $\varepsilon$ の式で表したのと同じように、$N$ を $\varepsilon$ の式で表しています。
ε-δ論法の枠組みは、極限が「存在する」場合だけでなく、「存在しない」場合や「正の無限大に発散する」場合にも使えます。
高校では「$f(x)$ が限りなく大きくなる」ことを $\displaystyle\lim_{x \to a} f(x) = \infty$ と書きます。これも厳密に定義できます。
$\displaystyle\lim_{x \to a} f(x) = \infty$ であるとは、次の条件が成り立つことと定義する。
$$\forall M > 0, \; \exists \delta > 0 \; \text{ s.t. } \; 0 < |x - a| < \delta \implies f(x) > M$$
「$f(x)$ と $L$ の距離が $\varepsilon$ 未満」の代わりに「$f(x)$ が $M$ より大きい」が結論になっています。 「どんなに大きな $M$ を指定しても、$x$ を $a$ に十分近くとれば $f(x) > M$ にできる」という意味です。
ε-δ定義では「出力を $L$ に近づける($|f(x) - L| < \varepsilon$)」でしたが、発散の定義では「出力をいくらでも大きくする($f(x) > M$)」に変わっています。どちらも「任意の〜に対して、ある $\delta$ が存在して…」という $\forall \cdots \exists \delta$ の構造は共通です。
セクション2で例に挙げたディリクレの関数 $f(x)$(有理数で $1$、無理数で $0$)について、$\displaystyle\lim_{x \to 0} f(x)$ が存在しないことを厳密に示すには、ε-δ定義の否定を使います。
ε-δ定義「$\forall \varepsilon > 0, \exists \delta > 0 \ldots$」の否定は「$\exists \varepsilon > 0, \forall \delta > 0 \ldots$(条件が破れる $x$ が存在する)」です。 📖 第5章 §1 で学んだ通り、$\forall$ の否定は $\exists$ に、$\exists$ の否定は $\forall$ になります。
たとえば $L = 1$ と仮定し、$\varepsilon = 1/2$ をとります。 どんな $\delta > 0$ に対しても、$0 < |x| < \delta$ の範囲には無理数 $x$ が存在し、 そのとき $|f(x) - 1| = |0 - 1| = 1 > 1/2 = \varepsilon$ です。 同様に $L = 0$ としても、有理数をとれば $|f(x) - 0| = 1 > 1/2$ です。 一般の $L$ についても同様の議論で矛盾が導けるため、極限は存在しません。
Q1. ε-δ定義 $\forall \varepsilon > 0, \exists \delta > 0 \; \text{ s.t. } \; 0 < |x - a| < \delta \implies |f(x) - L| < \varepsilon$ において、$0 < |x - a|$ という条件はなぜ必要ですか。
Q2. $\displaystyle\lim_{x \to 3}(2x + 1) = 7$ をε-δ論法で証明するとき、$\varepsilon > 0$ に対して $\delta$ をどう選べばよいですか。
Q3. ε-δ定義と数列のε-N定義に共通する論理構造を、量化子を用いて説明してください。
Q4. $\displaystyle\lim_{x \to 1} x^2 = 1$ のε-δ証明で $\delta = \min(1, \varepsilon/3)$ と選ぶ理由を説明してください。$\delta = \varepsilon/3$ だけではなぜ不十分ですか。
次の文を、ε-δ定義の記号を用いた論理式に書き換えてください。
「$x$ が $5$ に限りなく近づくとき、$f(x)$ は $3$ に限りなく近づく」
$$\forall \varepsilon > 0, \; \exists \delta > 0 \; \text{ s.t. } \; 0 < |x - 5| < \delta \implies |f(x) - 3| < \varepsilon$$
$a = 5$, $L = 3$ としてε-δ定義に当てはめます。「$x$ が $5$ に近い」を $0 < |x - 5| < \delta$ で、「$f(x)$ が $3$ に近い」を $|f(x) - 3| < \varepsilon$ で表しています。
$\displaystyle\lim_{x \to 4}(5x + 2) = 22$ をε-δ論法で証明してください。
任意の $\varepsilon > 0$ が与えられたとする。$\delta = \varepsilon / 5$ とおく。$\varepsilon > 0$ より $\delta > 0$ である。
$0 < |x - 4| < \delta$ を満たす任意の $x$ に対して、
$$|(5x + 2) - 22| = |5x - 20| = 5|x - 4| < 5\delta = 5 \cdot \frac{\varepsilon}{5} = \varepsilon$$
よって $|(5x+2) - 22| < \varepsilon$ が成り立つ。 $\square$
セクション4と同じパターンです。$|f(x) - L| = 5|x - 4|$ と変形して係数 $5$ を読み取り、$\delta = \varepsilon/5$ と選びました。
$\displaystyle\lim_{x \to 2} x^2 = 4$ をε-δ論法で証明してください。
ヒント:$|x^2 - 4| = |x+2| \cdot |x-2|$ と因数分解し、$|x - 2| < 1$ の制限のもとで $|x + 2|$ を上から抑えてください。
任意の $\varepsilon > 0$ が与えられたとする。$\delta = \min(1, \varepsilon/5)$ とおく。$\delta > 0$ である。
$0 < |x - 2| < \delta$ を満たす任意の $x$ をとる。
$\delta \le 1$ より $|x - 2| < 1$ なので $1 < x < 3$ であり、$|x + 2| < 5$ が成り立つ。
また $\delta \le \varepsilon/5$ より $|x - 2| < \varepsilon/5$ である。
$$|x^2 - 4| = |x + 2| \cdot |x - 2| < 5 \cdot \frac{\varepsilon}{5} = \varepsilon$$
よって $|x^2 - 4| < \varepsilon$ が成り立つ。 $\square$
セクション5の $\displaystyle\lim_{x \to 1} x^2 = 1$ と同じ手法です。$|x-2| < 1$ のとき $1 < x < 3$ なので $|x+2| < 5$ と評価し、$\delta = \min(1, \varepsilon/5)$ としました。
数列の極限 $\displaystyle\lim_{n \to \infty} \frac{2n+1}{n} = 2$ をε-N定義を用いて証明してください。
任意の $\varepsilon > 0$ が与えられたとする。$N = \lceil 1/\varepsilon \rceil$ とおく($1/\varepsilon$ 以上の最小の自然数)。$N \ge 1$ より $N \in \mathbb{N}$ である。
$n > N$ を満たす任意の自然数 $n$ に対して、
$$\left|\frac{2n+1}{n} - 2\right| = \left|\frac{2n+1 - 2n}{n}\right| = \frac{1}{n} < \frac{1}{N} \le \varepsilon$$
(最後の不等式は $N \ge 1/\varepsilon$ すなわち $1/N \le \varepsilon$ による。)
よって $\left|\dfrac{2n+1}{n} - 2\right| < \varepsilon$ が成り立つ。 $\square$
$\frac{2n+1}{n} - 2 = \frac{1}{n}$ と変形できるので、セクション6の $\lim 1/n = 0$ の証明とほぼ同じ構造です。$n$ が大きいほど $1/n$ が小さくなることを利用しています。
$\displaystyle\lim_{x \to 0} \frac{1}{x^2} = \infty$ を、セクション6で導入した発散の定義を用いて証明してください。
ヒント:任意の $M > 0$ に対して、$0 < |x| < \delta$ ならば $1/x^2 > M$ が成り立つような $\delta$ を見つけてください。
示すべきこと:$\forall M > 0, \; \exists \delta > 0 \; \text{ s.t. } \; 0 < |x| < \delta \implies 1/x^2 > M$
任意の $M > 0$ が与えられたとする。$\delta = 1/\sqrt{M}$ とおく。$M > 0$ より $\delta > 0$ である。
$0 < |x| < \delta$ を満たす任意の $x$ に対して、
$$\frac{1}{x^2} = \frac{1}{|x|^2} > \frac{1}{\delta^2} = \frac{1}{(1/\sqrt{M})^2} = M$$
よって $1/x^2 > M$ が成り立つ。 $\square$
$1/x^2 > M$ は $x^2 < 1/M$、すなわち $|x| < 1/\sqrt{M}$ と同値です。そこで $\delta = 1/\sqrt{M}$ と選びます。$\varepsilon$ に応じて $\delta$ を選んだのと同じように、$M$ に応じて $\delta$ を選んでいます。$M$ が大きいほど $\delta$ は小さくなり、「$x$ を $0$ にさらに近づけなければ $f(x)$ を大きくできない」ことを反映しています。