高校数学では $y = f(x)$ という記法で関数を使いこなし、定義域・値域を求め、逆関数や合成関数を扱います。 しかし、「関数とは何か」を厳密に問われると、答えに窮することがあります。 大学数学では、関数を「集合から集合への写像」として定義します。 この定義を出発点にすると、全射・単射・全単射という概念が自然に現れ、 「逆関数はいつ存在するか」という問いに対して「全単射であること」という明快な答えが得られます。 高校で三角関数の逆関数($\arcsin$ など)を扱うとき定義域を制限するのも、この原理の具体例にほかなりません。
高校数学では、関数を「$x$ の値を決めると $y$ の値が一つ決まる対応」として学びます。 $f(x) = x^2$ や $g(x) = \sin x$ のように書き、$x$ に具体的な値を代入して $y$ の値を得る、という使い方が中心です。
関連する用語として、以下のものを習います。
たとえば $f(x) = 2x + 1$ の逆関数は $f^{-1}(x) = \dfrac{x - 1}{2}$ であり、 $f(x) = x^2$($x \geq 0$)の逆関数は $f^{-1}(x) = \sqrt{x}$ です。 後者で「$x \geq 0$」という制限がつくのはなぜでしょうか。 高校ではこの制限を「そういうもの」として受け入れますが、その理由を体系的に説明する道具はありません。
同様に、三角関数 $y = \sin x$ の逆関数 $y = \arcsin x$ を定義する際にも、$\sin x$ の定義域を $\left[-\dfrac{\pi}{2}, \dfrac{\pi}{2}\right]$ に制限します。 「なぜちょうどこの範囲なのか」を理解するには、関数の厳密な定義に基づいた考え方が必要です。
次のセクションでは、大学数学がこの問いにどう答えるかを見ていきます。
大学数学では、関数を「集合から集合への写像」として定義します。 高校の $y = f(x)$ という記法は実はこの写像の特殊な表現であり、大学ではその背後にある構造を明示的に扱います。 この視点からは、「逆関数がいつ存在するか」という問いに対して、全単射(全射かつ単射)であることという一つの原理で答えることができます。
この記事を読み終えると、以下のことができるようになります。
1. 関数を「集合 $A$ から集合 $B$ への写像 $f: A \to B$」として定義し、定義域・終域・値域を区別できる
2. 全射・単射・全単射の定義を述べ、具体的な関数がどれに該当するかを判定できる
3. 逆関数が存在するための必要十分条件が「全単射であること」だと説明できる
4. $\arcsin$ の定義域制限の理由を、単射性の確保という観点から説明できる
5. 合成関数について、全射・単射がどのように保存されるかを判定できる
これらの概念を理解するには、まず「写像」の定義を正確に把握する必要があります。 次のセクションで、写像の定義と、高校では区別されなかった「終域」と「値域」の違いを確認します。
高校では「$x$ を決めると $y$ が一つ決まる」という説明で関数を理解します。 この説明は直感的にはわかりやすいのですが、実は曖昧な点が2つあります。
たとえば $f(x) = x^2$ を考えるとき、$x$ が実数全体を動くのか、正の実数だけを動くのかで、関数の性質は大きく変わります。 大学数学では、この曖昧さを排除するために、出発地と到着地の集合を明示して関数を定義します。 これが「写像」です。
集合 $A$ と集合 $B$ が与えられたとき、$A$ の各要素に対して $B$ の要素をちょうど一つ対応させる規則 $f$ を、$A$ から $B$ への写像(map / mapping)といい、次のように書きます。
$$f: A \to B$$
$A$ の要素 $a$ に対応する $B$ の要素を $f(a)$ と書き、$a$ の像(image)と呼びます。
この定義で重要なのは2つの条件です。(1) $A$ のすべての要素に対して対応が定まっていること。(2) 各要素に対して対応する $B$ の要素がただ一つであること。この2つを合わせて「対応がwell-defined(明確に定まっている)である」といいます。
この定義には、高校の「関数」の説明にはなかった要素が含まれています。 それは、写像には3つの構成要素がある、という点です。
写像 $f: A \to B$ に対して、次の3つの集合を区別します。
| 用語 | 記号 | 意味 |
|---|---|---|
| 定義域(domain) | $A$ | 写像の出発地。$f$ に入力できる要素の集合 |
| 終域(codomain) | $B$ | 写像の到着地として指定された集合 |
| 値域(range / image) | $f(A)$ | 実際に $f$ の出力として現れる要素の集合。$f(A) = \{f(a) \mid a \in A\}$ |
値域は終域の部分集合です。つまり $f(A) \subseteq B$ が常に成り立ちます。 ただし、$f(A) = B$ となるとは限りません。
具体例で確認しましょう。$f: \mathbb{R} \to \mathbb{R}$ を $f(x) = x^2$ で定義すると、
終域は $\mathbb{R}$ ですが、値域は $[0, \infty)$ です。 $-1$ は終域 $\mathbb{R}$ に含まれますが、値域には含まれません($x^2 = -1$ を満たす実数 $x$ は存在しないため)。
高校数学では「定義域」と「値域」の2つだけを区別し、到着地の集合は暗黙のうちに「値域と同じもの」として扱われがちです。 しかし大学数学では、終域と値域は別の概念です。
終域は「到着先として指定した集合」であり、値域は「実際に到達する部分集合」です。 この区別が、次のセクションで導入する全射の概念の基盤になります。
写像の定義で述べた「$A$ の各要素に対して $B$ の要素がちょうど一つ対応する」という条件は、well-defined(明確に定まっている)と呼ばれます。 これは2つのことを要求しています。
たとえば、$f: \mathbb{R} \to \mathbb{R}$ を「$f(x) = $ $x$ の平方根」と定義しようとすると、問題が生じます。 $x = 4$ に対して $f(4) = 2$ とも $f(4) = -2$ とも言えてしまい、一意性が満たされません。 また $x = -1$ に対しては実数の範囲で平方根が存在せず、存在性も満たされません。 したがって、この対応はwell-definedではなく、写像になりません。
一方、$f: [0, \infty) \to [0, \infty)$ を $f(x) = \sqrt{x}$(正の平方根)と定義すれば、 存在性と一意性の両方が満たされ、well-definedな写像になります。 このように、定義域と終域を適切に選ぶことが、写像を正しく定義するための第一歩です。
ここまでで、写像の定義と3つの構成要素(定義域・終域・値域)を確認しました。 次のセクションでは、写像を分類する重要な概念である全射・単射・全単射を導入します。 これらの概念は、先ほど区別した「終域」と「値域」の関係に直結しています。
写像 $f: A \to B$ には、その「対応のしかた」によって3つの重要な分類があります。 これらは、セクション3で導入した「終域」と「値域」の区別を前提としています。
写像 $f: A \to B$ が全射(surjection / onto)であるとは、$B$ のすべての要素 $b$ に対して、$f(a) = b$ を満たす $a \in A$ が少なくとも1つ存在することをいいます。
$$\forall b \in B, \; \exists a \in A \; \; f(a) = b$$
$\forall$ は「すべての」、$\exists$ は「ある~が存在する」を意味する記号です(量化子と呼びます)。この式は「$B$ のどの要素 $b$ をとっても、$f(a) = b$ となる $A$ の要素 $a$ が存在する」と読みます。
全射とは、終域のすべての要素が「到達される」写像です。 言い換えると、全射であることと、値域と終域が一致すること($f(A) = B$)は同じ意味です。
具体例. $f: \mathbb{R} \to \mathbb{R}$ を $f(x) = 2x + 1$ で定義します。 任意の $b \in \mathbb{R}$ に対して、$a = \dfrac{b - 1}{2}$ とおくと $f(a) = 2 \cdot \dfrac{b-1}{2} + 1 = b$ です。 したがって $f$ は全射です。
全射でない例. $g: \mathbb{R} \to \mathbb{R}$ を $g(x) = x^2$ で定義します。 $b = -1$ を考えると、$g(a) = a^2 = -1$ を満たす実数 $a$ は存在しません。 したがって $g$ は全射ではありません。値域は $[0, \infty)$ であり、終域 $\mathbb{R}$ と一致しません。
写像 $f: A \to B$ が単射(injection / one-to-one)であるとは、$A$ の異なる2つの要素が $B$ の異なる要素に移ることをいいます。同値な表現として、
$$f(a_1) = f(a_2) \implies a_1 = a_2$$
「出力が同じなら入力も同じ」ということです。対偶をとると「入力が異なれば出力も異なる」($a_1 \neq a_2 \implies f(a_1) \neq f(a_2)$)と同じ意味になります。
単射とは、$B$ の各要素に到達する $A$ の要素が高々1つである写像です。 つまり、2つの異なる入力が同じ出力に重なることがありません。
具体例. $f: \mathbb{R} \to \mathbb{R}$ を $f(x) = 2x + 1$ で定義します。 $f(a_1) = f(a_2)$ とすると $2a_1 + 1 = 2a_2 + 1$ なので $a_1 = a_2$ です。 したがって $f$ は単射です。
単射でない例. $g: \mathbb{R} \to \mathbb{R}$ を $g(x) = x^2$ で定義します。 $g(2) = 4$ かつ $g(-2) = 4$ ですが、$2 \neq -2$ です。 つまり、異なる入力 $2$ と $-2$ が同じ出力 $4$ に移っています。 したがって $g$ は単射ではありません。
写像 $f: A \to B$ が全単射(bijection)であるとは、$f$ が全射かつ単射であることをいいます。
全単射とは、$A$ と $B$ の要素が一対一に過不足なく対応している写像です。$B$ のどの要素をとっても、それに対応する $A$ の要素がちょうど1つ存在します。
具体例. $f: \mathbb{R} \to \mathbb{R}$ を $f(x) = 2x + 1$ で定義すると、先ほど示したように全射かつ単射なので、全単射です。
全単射でない例. $g: \mathbb{R} \to \mathbb{R}$ を $g(x) = x^2$ で定義すると、全射でも単射でもないので、全単射ではありません。
以下に、代表的な関数の全射・単射の判定をまとめます。いずれも定義域・終域ともに $\mathbb{R}$ とします。
| 関数 $f(x)$ | 全射か | 単射か | 理由 |
|---|---|---|---|
| $2x + 1$ | はい | はい | 任意の $b$ に $a = (b-1)/2$ が存在し、1次関数なので重複なし |
| $x^2$ | いいえ | いいえ | $-1$ に到達しない(全射でない)。$2$ と $-2$ が同じ値(単射でない) |
| $x^3$ | はい | はい | 3乗根は常に存在し、$x_1^3 = x_2^3$ なら $x_1 = x_2$ |
| $e^x$ | いいえ | はい | $e^x > 0$ なので $-1$ に到達しない。ただし狭義単調増加なので単射 |
| $\sin x$ | いいえ | いいえ | $|\sin x| \leq 1$ なので $2$ に到達しない。$\sin 0 = \sin \pi = 0$ なので単射でない |
この表から、高校で馴染みのある関数の多くが全単射ではないことがわかります。 特に $x^2$ と $\sin x$ は全射でも単射でもありません。 では、全単射でない関数に対して逆関数を定義するにはどうすればよいのでしょうか。 次のセクションで、全単射と逆関数の関係を正確に述べ、この問いに答えます。
逆関数を写像の言葉で正確に定義しましょう。
写像 $f: A \to B$ に対して、$B$ から $A$ への写像 $g: B \to A$ が存在し、
$$g(f(a)) = a \quad (\forall a \in A) \quad \text{ } \quad f(g(b)) = b \quad (\forall b \in B)$$
が成り立つとき、$g$ を $f$ の逆写像(inverse map)といい、$f^{-1}$ と書きます。
1つ目の条件は「$f$ で行って $g$ で戻ると元に戻る」、2つ目は「$g$ で行って $f$ で戻ると元に戻る」という意味です。両方を満たす必要があります。
では、逆写像はいつ存在するのでしょうか。ここが本記事の核心です。
写像 $f: A \to B$ について、次の2つは同値です。
(i) $f$ は全単射である
(ii) $f$ の逆写像 $f^{-1}: B \to A$ が存在する
つまり、逆関数が存在するための必要十分条件は、もとの関数が全単射であることです。
なぜこれが成り立つのか、直感的に理解しましょう。
証明の方針:全単射ならば逆写像を具体的に構成できることを示し、逆に逆写像が存在すれば全単射であることを示します。
($\Rightarrow$) 全単射 $\implies$ 逆写像が存在:
$f: A \to B$ が全単射とします。$B$ の任意の要素 $b$ をとります。$f$ は全射なので $f(a) = b$ を満たす $a \in A$ が存在します。$f$ は単射なので、そのような $a$ はただ1つです。この一意的な $a$ を $g(b) = a$ と定めると、$g: B \to A$ はwell-definedな写像になります。
構成から、$g(f(a)) = a$($\forall a \in A$)と $f(g(b)) = b$($\forall b \in B$)が成り立ちます。したがって $g = f^{-1}$ です。
($\Leftarrow$) 逆写像が存在 $\implies$ 全単射:
逆写像 $f^{-1}: B \to A$ が存在するとします。
(単射の証明)$f(a_1) = f(a_2)$ とします。両辺に $f^{-1}$ を適用すると $f^{-1}(f(a_1)) = f^{-1}(f(a_2))$、すなわち $a_1 = a_2$ です。よって $f$ は単射です。
(全射の証明)$B$ の任意の要素 $b$ に対して、$a = f^{-1}(b)$ とおくと $f(a) = f(f^{-1}(b)) = b$ です。よって $f$ は全射です。$\square$
セクション4の表で見たように、$g(x) = x^2$($g: \mathbb{R} \to \mathbb{R}$)は単射でも全射でもないため、逆写像は存在しません。 しかし、定義域と終域を適切に制限すれば全単射にすることができます。
$g$ の定義域を $[0, \infty)$ に制限し、終域も $[0, \infty)$ に変更して、$\tilde{g}: [0, \infty) \to [0, \infty)$ を $\tilde{g}(x) = x^2$ で定義すると、
したがって $\tilde{g}$ は全単射であり、逆写像 $\tilde{g}^{-1}: [0, \infty) \to [0, \infty)$ が存在します。 これが $\tilde{g}^{-1}(x) = \sqrt{x}$ です。 高校で「$x \geq 0$ のとき $x^2$ の逆関数は $\sqrt{x}$」と習うのは、この定義域の制限に対応しています。
同じ原理を $\sin x$ に適用しましょう。$\sin: \mathbb{R} \to \mathbb{R}$ は全射でも単射でもありません(セクション4の表参照)。 逆関数 $\arcsin$ を定義するには、$\sin$ を全単射にする必要があります。
そこで、定義域を $\left[-\dfrac{\pi}{2}, \dfrac{\pi}{2}\right]$ に、終域を $[-1, 1]$ に制限した写像を考えます。
$$\sin: \left[-\frac{\pi}{2}, \frac{\pi}{2}\right] \to [-1, 1]$$
この制限のもとで確認します。
以上より、制限された $\sin$ は全単射であり、逆写像が存在します。 これが $\arcsin: [-1, 1] \to \left[-\dfrac{\pi}{2}, \dfrac{\pi}{2}\right]$ です。
$\arcsin$ は $\sin: \mathbb{R} \to \mathbb{R}$ の逆関数ではありません。 $\sin: \mathbb{R} \to \mathbb{R}$ は全単射ではないため、逆写像は存在しません。
$\arcsin$ は、定義域を $\left[-\dfrac{\pi}{2}, \dfrac{\pi}{2}\right]$ に制限した $\sin$ の逆写像です。 この制限を「主値をとる」(principal value)ともいいます。
$\sin x$ が単射になる区間は $\left[-\dfrac{\pi}{2}, \dfrac{\pi}{2}\right]$ に限りません。 たとえば $\left[\dfrac{\pi}{2}, \dfrac{3\pi}{2}\right]$ でも $\sin x$ は狭義単調減少なので単射です。 しかし、慣習として「$0$ を含み、連続な区間で、値域が $[-1, 1]$ 全体を覆う」区間が選ばれ、$\left[-\dfrac{\pi}{2}, \dfrac{\pi}{2}\right]$ が標準になっています。 同様に、$\arccos$ の定義には $[0, \pi]$ が、$\arctan$ の定義には $\left(-\dfrac{\pi}{2}, \dfrac{\pi}{2}\right)$ が用いられます。
ここまでで、逆関数の存在条件が全単射であることを確認し、$x^2$ と $\sin x$ で定義域を制限する理由を一つの原理で説明できました。 次のセクションでは、これらの概念を応用して、合成関数における全射・単射の保存を調べ、高校で学んだ関数を写像の目で見直します。
高校で学んだ合成関数 $f \circ g$ を、写像の言葉で整理します。 $g: A \to B$ と $f: B \to C$ が写像であるとき、合成写像 $f \circ g: A \to C$ は $(f \circ g)(a) = f(g(a))$ で定義されます。
合成関数の全射・単射について、次の性質が成り立ちます。
$g: A \to B$, $f: B \to C$ を写像とします。
(1) $f, g$ がともに単射ならば、$f \circ g$ も単射
(2) $f, g$ がともに全射ならば、$f \circ g$ も全射
(3) $f, g$ がともに全単射ならば、$f \circ g$ も全単射であり、$(f \circ g)^{-1} = g^{-1} \circ f^{-1}$
(1)を確認しましょう。$(f \circ g)(a_1) = (f \circ g)(a_2)$ とします。 これは $f(g(a_1)) = f(g(a_2))$ を意味します。$f$ が単射なので $g(a_1) = g(a_2)$ です。$g$ が単射なので $a_1 = a_2$ です。よって $f \circ g$ は単射です。
(2)も確認します。$C$ の任意の要素 $c$ をとります。$f$ が全射なので $f(b) = c$ となる $b \in B$ が存在します。$g$ が全射なので $g(a) = b$ となる $a \in A$ が存在します。すると $(f \circ g)(a) = f(g(a)) = f(b) = c$ です。よって $f \circ g$ は全射です。
(3)の逆写像の公式 $(f \circ g)^{-1} = g^{-1} \circ f^{-1}$ は、「靴下を履いてから靴を履いたら、脱ぐときは靴を先に脱いでから靴下を脱ぐ」という日常的な順序の逆転に対応しています。
これまでに学んだ道具を使って、高校で馴染みのある関数を写像として分析してみましょう。
例1. $f(x) = e^x$ を $f: \mathbb{R} \to \mathbb{R}$ として考えます。
逆関数 $\ln x$ を定義するには、終域を $(0, \infty)$ に変更して $f: \mathbb{R} \to (0, \infty)$ とします。 こうすると全射にもなり、全単射になります。逆写像が $f^{-1} = \ln: (0, \infty) \to \mathbb{R}$ です。 高校で「$\ln x$ の定義域は $x > 0$」と習うのは、$e^x$ の値域が $(0, \infty)$ であり、これが $\ln$ の定義域になるからです。
例2. $h(x) = x^2 - 4x + 3 = (x - 2)^2 - 1$ を $h: \mathbb{R} \to \mathbb{R}$ として考えます。
定義域を $[2, \infty)$ に、終域を $[-1, \infty)$ に制限すると全単射になります。 $[2, \infty)$ は頂点 $x = 2$ から右側の単調増加部分に対応し、値域は $[-1, \infty)$ になります。 逆写像は $h^{-1}(y) = 2 + \sqrt{y + 1}$ です($y \geq -1$)。
例3(合成関数の分析). $p: \mathbb{R} \to (0, \infty)$ を $p(x) = e^x$、$q: (0, \infty) \to \mathbb{R}$ を $q(x) = \ln x$ とします。 $p$ は全単射(セクション4の表で $e^x$ は単射であり、終域を $(0, \infty)$ に変更したので全射にもなる)です。 $q$ は $p$ の逆写像なので、やはり全単射です。 合成 $q \circ p: \mathbb{R} \to \mathbb{R}$ は $(q \circ p)(x) = \ln(e^x) = x$ であり、恒等写像です。 恒等写像は全単射であり、これは(3)の性質と整合しています。
以上のように、セクション3で導入した「写像」の定義、セクション4の「全射・単射・全単射」、セクション5の「全単射 $\iff$ 逆写像が存在」という3つの道具を使うことで、高校で個別に扱っていた逆関数の問題を統一的に理解できます。
Q1. 写像 $f: A \to B$ において、「終域」と「値域」の違いを簡潔に説明してください。
Q2. $f: \mathbb{R} \to \mathbb{R}$ を $f(x) = x^3 - x$ で定義します。$f$ は単射ですか。理由とともに答えてください。
Q3. 逆写像が存在するための必要十分条件を述べてください。
Q4. $\arccos$ を定義するために $\cos x$ の定義域を $[0, \pi]$ に制限します。この制限のもとで $\cos$ が単射であることを説明してください。
次の写像について、全射か単射かをそれぞれ判定し、理由を述べてください。
(1) $f: \mathbb{Z} \to \mathbb{Z}$, $f(n) = 2n$($\mathbb{Z}$ は整数全体の集合)
(2) $g: \mathbb{R} \to \mathbb{R}$, $g(x) = |x|$
(1) 単射であるが全射ではない。
単射:$f(n_1) = f(n_2)$ ならば $2n_1 = 2n_2$ より $n_1 = n_2$。よって単射です。
全射でない:$b = 1$(奇数)をとると、$f(n) = 2n = 1$ を満たす整数 $n$ は存在しません。値域は偶数全体 $\{..., -4, -2, 0, 2, 4, ...\}$ であり、終域 $\mathbb{Z}$ と一致しません。
(2) 全射でも単射でもない。
単射でない:$g(3) = 3$ かつ $g(-3) = 3$ ですが $3 \neq -3$。よって単射ではありません。
全射でない:$b = -1$ に対して $g(x) = |x| = -1$ を満たす $x$ は存在しません($|x| \geq 0$)。よって全射ではありません。
$f: \mathbb{R} \to \mathbb{R}$ を $f(x) = 3x - 5$ で定義します。$f$ が全単射であることを示し、逆写像 $f^{-1}$ を求めてください。
単射の証明:$f(x_1) = f(x_2)$ とすると $3x_1 - 5 = 3x_2 - 5$ より $x_1 = x_2$。よって単射です。
全射の証明:任意の $b \in \mathbb{R}$ に対して $a = \dfrac{b + 5}{3}$ とおくと、$f(a) = 3 \cdot \dfrac{b+5}{3} - 5 = b$。よって全射です。
$f$ は全単射なので逆写像が存在し、全射の証明で構成した対応がそのまま逆写像になります。
$$f^{-1}(x) = \frac{x + 5}{3}$$
$h: \mathbb{R} \to \mathbb{R}$ を $h(x) = x^2 + 2x$ で定義します。
(1) $h$ が単射でないことを、具体例を挙げて示してください。
(2) $h$ の定義域を $[a, \infty)$ に制限して単射にしたいとします。$a$ として適切な最小の値を求めてください。
(3) (2)で求めた $a$ を使い、$h: [a, \infty) \to [-1, \infty)$ の逆写像を求めてください。
(1) $h(0) = 0$ かつ $h(-2) = (-2)^2 + 2(-2) = 4 - 4 = 0$ ですが $0 \neq -2$。よって単射ではありません。
(2) $h(x) = (x + 1)^2 - 1$ と変形できます。頂点は $x = -1$ であり、$x \geq -1$ の範囲で $h$ は狭義単調増加です。$a = -1$ が適切な最小の値です。
(3) $y = (x+1)^2 - 1$ より $(x+1)^2 = y + 1$ です。$x \geq -1$ なので $x + 1 \geq 0$ であり、$x + 1 = \sqrt{y + 1}$、すなわち $x = -1 + \sqrt{y + 1}$ です。
$$h^{-1}(y) = -1 + \sqrt{y + 1} \quad (y \geq -1)$$
$f: A \to B$ と $g: B \to C$ を写像とします。合成写像 $g \circ f: A \to C$ が単射であるとき、$f$ が単射であることを証明してください。(ヒント:$f(a_1) = f(a_2)$ を仮定して $a_1 = a_2$ を導きます。)
$f(a_1) = f(a_2)$ と仮定します。両辺に $g$ を適用すると $g(f(a_1)) = g(f(a_2))$、すなわち $(g \circ f)(a_1) = (g \circ f)(a_2)$ です。$g \circ f$ は単射なので $a_1 = a_2$ が得られます。
よって $f(a_1) = f(a_2) \implies a_1 = a_2$ が示され、$f$ は単射です。$\square$
同じ条件のもとで $g$ が単射であるとは限りません。たとえば $A = \{1\}$, $B = \{a, b\}$, $C = \{c\}$ として $f(1) = a$, $g(a) = g(b) = c$ とすると、$g \circ f$ は単射($A$ の要素が1つしかないので自明に単射)ですが、$g$ は単射ではありません。
$f: A \to B$ を写像とします。次の2つの命題を証明してください。
(1) $f$ が全射であるための必要十分条件は、任意の写像 $g, h: B \to C$ に対して「$g \circ f = h \circ f \implies g = h$」が成り立つことである。($f$ は右消去可能であるという。)
(2) $f$ が単射であるための必要十分条件は、任意の写像 $g, h: C \to A$ に対して「$f \circ g = f \circ h \implies g = h$」が成り立つことである。($f$ は左消去可能であるという。)
(1) の証明
($\Rightarrow$) $f$ が全射であるとし、$g \circ f = h \circ f$ と仮定します。$B$ の任意の要素 $b$ をとります。$f$ は全射なので $f(a) = b$ となる $a \in A$ が存在します。すると $g(b) = g(f(a)) = (g \circ f)(a) = (h \circ f)(a) = h(f(a)) = h(b)$ です。$b$ は $B$ の任意の要素だったので $g = h$ です。
($\Leftarrow$) 対偶を示します。$f$ が全射でないとすると、ある $b_0 \in B$ が存在して、$f(a) = b_0$ を満たす $a$ がありません。$C = \{0, 1\}$ とし、$g: B \to C$ を $g(b) = 0$(すべての $b$)、$h: B \to C$ を $h(b) = 0$($b \neq b_0$)、$h(b_0) = 1$ と定義します。$f$ の値域に $b_0$ は含まれないので $g \circ f = h \circ f$ ですが、$g(b_0) = 0 \neq 1 = h(b_0)$ なので $g \neq h$ です。
(2) の証明
($\Rightarrow$) $f$ が単射であるとし、$f \circ g = f \circ h$ と仮定します。$C$ の任意の要素 $c$ に対して $f(g(c)) = f(h(c))$ です。$f$ は単射なので $g(c) = h(c)$ です。$c$ は任意だったので $g = h$ です。
($\Leftarrow$) 対偶を示します。$f$ が単射でないとすると、$a_1 \neq a_2$ かつ $f(a_1) = f(a_2)$ となる $a_1, a_2 \in A$ が存在します。$C = \{c_0\}$(1点集合)とし、$g: C \to A$ を $g(c_0) = a_1$、$h: C \to A$ を $h(c_0) = a_2$ と定義します。$f(g(c_0)) = f(a_1) = f(a_2) = f(h(c_0))$ なので $f \circ g = f \circ h$ ですが、$g(c_0) = a_1 \neq a_2 = h(c_0)$ なので $g \neq h$ です。$\square$
この問題は、全射・単射を「合成写像における消去法則」として特徴づけるものです。圏論(category theory)では、全射に対応する概念をエピ射(epimorphism)、単射に対応する概念をモノ射(monomorphism)と呼び、まさにこの消去法則で定義します。