高校数学では、実数を「有理数と無理数を合わせたもの」と定義し、数直線上にすべての実数が隙間なく並んでいると学びます。
この理解で計算問題を解く分には何も困りません。
しかし、有理数だけの数直線には「穴」があります。$\sqrt{2}$ の位置に有理数は存在しません。
有理数だけで数直線を埋めようとすると、ある有理数列が「収束しそうなのに行き先がない」という現象が起こります。
実数とは、この穴をすべて埋めた完備な数直線であり、この完備性があるからこそ極限・中間値の定理・最大値の定理といった解析学の基本定理が成り立ちます。
高校の数学Iでは、数の分類を次のように学びます。
そして、実数は数直線上に隙間なく並んでおり、数直線上のすべての点が実数に対応する、と習います。 この理解のもとで、2次方程式の解が有理数か無理数かを判別したり、$\sqrt{2}$ が $1.41421\ldots$ であることを利用して近似計算をしたりします。
また、高校の数学IIIでは、数列の極限や関数の極限を学びます。 例えば、「$a_n = 1 + \dfrac{1}{1!} + \dfrac{1}{2!} + \cdots + \dfrac{1}{n!}$ は $n \to \infty$ で $e$ に収束する」といった議論をします。 ここでは「収束先がちゃんと存在する」ことを暗黙の前提にしています。
高校ではこの前提で十分でした。しかし、大学の視点から見ると、「収束先がちゃんと存在する」ことは自明ではありません。 どのような数の世界で極限を考えるかによって、収束先が存在したりしなかったりするのです。 次のセクションでは、この問題を具体的に見ていきます。
高校では「実数 = 有理数 + 無理数」で十分でした。 大学では、この「+」の部分を厳密に問います。 有理数の数直線にはどんな欠陥があり、それを埋めるとは具体的にどういうことなのか。 この問いに答えるのが実数の完備性という概念です。
有理数の世界で極限が存在しない例を一つ挙げます。次の数列を考えてください。
$$a_1 = 1, \quad a_2 = 1.4, \quad a_3 = 1.41, \quad a_4 = 1.414, \quad a_5 = 1.4142, \quad \ldots$$
この数列の各項はすべて有理数です(有限小数は分数で表せるため)。 そして、隣り合う項の差 $|a_{n+1} - a_n|$ はどんどん小さくなります。 直感的には、この数列は「何かに収束しそう」です。 実際、この数列は $\sqrt{2} = 1.41421356\ldots$ に収束します。
しかし、$\sqrt{2}$ は有理数ではありません。 もし私たちの数の世界が有理数だけだったら、この数列の「行き先」は存在しないことになります。 項同士はどんどん近づいているのに、収束先がない ── これが有理数の「穴」です。
この記事を読み終えると、以下のことが理解できます。
1. 有理数の数直線には「穴」があり、有理数列が収束しようとしても行き先がない場合がある
2. $\sqrt{2}$ が有理数でないことを背理法で証明できる
3. デデキント切断という方法で有理数の穴を埋め、実数を構成するイメージを持てる
4. 完備性がなければ中間値の定理や最大値の定理が成り立たないことを反例で確認できる
5. 解析学(微積分)が実数の完備性の上に成り立っていることを理解できる
この「穴」の正体を明らかにするために、まず $\sqrt{2}$ が有理数でないことを証明し、有理数の数直線に本当に穴があることを確認します。
$\sqrt{2}$ が有理数でないことは、高校の数学Iでも背理法の例として学びます。 ここではその証明を丁寧にたどり、「有理数の穴」が確かに存在することを確認します。
証明の方針:$\sqrt{2}$ が有理数であると仮定して矛盾を導きます(背理法)。
ステップ1:$\sqrt{2}$ が有理数であると仮定します。すると、互いに素な(共通の因数を持たない)正の整数 $p$, $q$ を用いて $\sqrt{2} = \dfrac{p}{q}$ と書けます。
ステップ2:両辺を2乗すると $2 = \dfrac{p^2}{q^2}$ なので、$p^2 = 2q^2$ です。
ステップ3:$p^2 = 2q^2$ より、$p^2$ は偶数です。整数の2乗が偶数になるのは、その整数自身が偶数のときに限ります(奇数の2乗は奇数)。したがって $p$ は偶数です。
ステップ4:$p$ が偶数なので、$p = 2k$($k$ は正の整数)と書けます。これをステップ2の式に代入すると $(2k)^2 = 2q^2$、つまり $4k^2 = 2q^2$、整理すると $q^2 = 2k^2$ です。
ステップ5:ステップ3と同じ論理で、$q^2 = 2k^2$ より $q$ も偶数です。
矛盾:$p$ と $q$ がともに偶数になりましたが、これはステップ1で「$p$ と $q$ は互いに素」と仮定したことに矛盾します。
結論:仮定「$\sqrt{2}$ は有理数」が誤りです。したがって $\sqrt{2}$ は有理数ではありません。 $\square$
この証明は、$\sqrt{2}$ という具体的な数について「有理数の形 $p/q$ では表せない」ことを示しました。 数直線上で $\sqrt{2}$ に対応する位置(原点からの距離が $\sqrt{2}$、つまり一辺1の正方形の対角線の長さに等しい位置)には、有理数が一つも存在しないのです。
穴の存在をより鮮明にするために、有理数だけを使って $\sqrt{2}$ に限りなく近づく数列を構成してみます。 次の漸化式で定義される数列 $\{a_n\}$ を考えます。
$$a_1 = 1, \quad a_{n+1} = \frac{1}{2}\left(a_n + \frac{2}{a_n}\right)$$
この漸化式は、$a_n$ が正の有理数であれば $a_{n+1}$ も正の有理数になります。 なぜなら、有理数どうしの四則演算(加減乗除)の結果は常に有理数になるからです。
この方法はバビロニア法(ヘロンの方法)と呼ばれ、$\sqrt{2}$ の近似値を求める古典的なアルゴリズムです。 一般に、$\sqrt{a}$ を求めるには $a_{n+1} = \frac{1}{2}\left(a_n + \frac{a}{a_n}\right)$ とします。
実際に計算してみます。
| $n$ | $a_n$(分数表示) | $a_n$(小数近似) | $|a_n - \sqrt{2}|$ |
|---|---|---|---|
| 1 | $1$ | $1.000000$ | $0.414$ |
| 2 | $\dfrac{3}{2}$ | $1.500000$ | $0.086$ |
| 3 | $\dfrac{17}{12}$ | $1.416667$ | $0.0025$ |
| 4 | $\dfrac{577}{408}$ | $1.414216$ | $0.0000025$ |
| 5 | $\dfrac{665857}{470832}$ | $1.41421356237\ldots$ | $< 10^{-11}$ |
各項はすべて有理数です。そして $a_n$ は急速に $\sqrt{2}$ に近づいています。 しかし、有理数の世界だけで考えると、この数列の「行き先」である $\sqrt{2}$ は存在しません。 隣り合う項の差はどんどん小さくなり、数列はどこかに収束しようとしているのに、有理数の中にはその行き先がないのです。
誤解:有理数は数直線上にぎっしり詰まっている(任意の2つの有理数の間に別の有理数が無限にある)のだから、穴はないはずだ。
正しい理解:確かに、任意の2つの有理数の間に別の有理数が無限に存在します(有理数の稠密性)。 しかし「稠密」と「穴がない」は違います。有理数はどんなに細かく詰まっていても、$\sqrt{2}$ の位置には一つも存在しません。 稠密性は「近くにたくさんある」ことを意味しますが、完備性は「極限が必ず存在する」ことを意味します。この2つは異なる概念です。
ここまでで、有理数の数直線には確かに穴があることを確認しました。 $\sqrt{2}$ が一つの穴であり、バビロニア法で生成される有理数列は穴に向かって収束しようとしますが、有理数の世界では行き先がありません。 次のセクションでは、この穴をどうやって埋めて実数を構成するかを考えます。
セクション3で見たように、有理数の数直線には穴があります。 19世紀のドイツの数学者リヒャルト・デデキントは、この穴を埋める方法としてデデキント切断(Dedekind cut)を考案しました。 大学の解析学で厳密に学ぶ内容ですが、ここではその核心にあるアイデアを直感的に説明します。
数直線上の有理数全体を、ある位置で「左側の集合」と「右側の集合」に分けることを考えます。 例えば、$\sqrt{2}$ の位置で有理数全体を2つに分けます。
$\sqrt{2}$ 自体は有理数ではないので、$L$ にも $R$ にも含まれません。 しかし、$L$ と $R$ の2つの集合を指定すれば、その「切断位置」は一意に定まります。 デデキントのアイデアは、この切断そのもの($L$ と $R$ の組)を「$\sqrt{2}$ という数」と定義してしまうことです。
「$\sqrt{2}$ を知らないと $L$ と $R$ を作れないのでは」と思うかもしれません。 しかし、$L$ は $\sqrt{2}$ を使わなくても定義できます。
$$L = \{ r \in \mathbb{Q} \mid r \le 0 \;\; \text{or} \;\; r^2 < 2 \}$$
$$R = \{ r \in \mathbb{Q} \mid r > 0 \;\; \text{and} \;\; r^2 > 2 \}$$
ここで $\mathbb{Q}$ は有理数全体の集合を表します。 $L$ は「負の有理数、または2乗が2未満の正の有理数」の集合、$R$ は「2乗が2より大きい正の有理数」の集合です。
この定義では $\sqrt{2}$ という記号を一切使っていません。 有理数の大小関係と四則演算だけで $L$ と $R$ を定義しています。 セクション3で証明した通り、$r^2 = 2$ となる有理数は存在しないので、すべての有理数は $L$ か $R$ のどちらかに属します。
デデキント切断の考え方を一般化します。有理数全体 $\mathbb{Q}$ を2つの空でない集合 $L$ と $R$ に分割し、次の条件を満たすものを切断と呼びます。
そして、各切断を1つの実数と定義するのがデデキントの方法です。
例えば、有理数 $\dfrac{3}{2}$ は切断 $L = \left\{ r \in \mathbb{Q} \;\middle|\; r < \dfrac{3}{2} \right\}$, $R = \left\{ r \in \mathbb{Q} \;\middle|\; r \ge \dfrac{3}{2} \right\}$ に対応します。 一方、$\sqrt{2}$ のように有理数でない数に対応する切断では、$L$ に最大元も $R$ に最小元もありません。 この「$L$ と $R$ の境目に有理数がない」状態こそが有理数の穴であり、切断はその穴を新しい数で埋めるのです。
デデキント切断のポイントは、有理数しか使わずに無理数を定義できることです。
$\sqrt{2}$ を「2乗すると2になる数」と定義すると循環的になりますが、切断を使えば「有理数を左右に分けるパターン」として $\sqrt{2}$ を定義できます。
すべての切断を集めると、有理数の穴がすべて埋まった集合 ── すなわち実数全体 $\mathbb{R}$ ── が得られます。
実数を厳密に構成する方法には、デデキント切断のほかにコーシー列による構成があります。 コーシー列とは、「項どうしの差がどんどん小さくなる数列」のことです。 セクション2で見たバビロニア法の数列はコーシー列の一例です。
コーシー列による構成では、「同じ値に収束する有理数のコーシー列」を同じ実数と見なします。 例えば、$1, 1.4, 1.41, 1.414, \ldots$ と $2, 1.5, 1.42, 1.415, \ldots$ はどちらも $\sqrt{2}$ に収束するので、同じ実数を定義します。
どちらの方法でも、得られる実数の体系は同じものになります。 大学の解析学ではどちらかの方法を選んで実数を構成し、その上で微積分を展開します。
ここまでで、有理数の穴を埋めて実数を構成するアイデアを見ました。 こうして得られた実数の最も重要な性質が完備性です。 完備性とは、「項どうしの差がいくらでも小さくなる数列(コーシー列)は、必ず実数の中に収束先を持つ」という性質です。 有理数はこの性質を持ちませんが、実数はすべての穴を埋めたので、この性質を持ちます。 次のセクションでは、この完備性から高校数学でも馴染みのある重要な定理がどのように導かれるかを見ます。
セクション4で、実数とは有理数の穴をすべて埋めた完備な数の体系であることを見ました。 この完備性は抽象的に聞こえるかもしれませんが、高校でも使っている具体的な定理の根拠になっています。 ここでは、完備性がなければ成り立たない2つの重要な定理を取り上げます。
高校の数学IIIで次の定理を学びます。
関数 $f(x)$ が閉区間 $[a, b]$ で連続であり、$f(a)$ と $f(b)$ の符号が異なるとき(つまり $f(a) < 0 < f(b)$ または $f(a) > 0 > f(b)$ のとき)、$f(c) = 0$ を満たす $c$ が $a$ と $b$ の間に少なくとも1つ存在する。
直感的には「連続な曲線が $x$ 軸の下から上に移るなら、途中で必ず $x$ 軸を横切る」ということです。 高校ではこれを当然のこととして使いますが、この定理が成り立つためには実数の完備性が本質的に必要です。
なぜ完備性が必要なのでしょうか。有理数だけの世界で反例を構成してみます。
有理数上で関数 $f(x) = x^2 - 2$ を考えます。 $f(1) = 1 - 2 = -1 < 0$ であり、$f(2) = 4 - 2 = 2 > 0$ です。 $f$ は連続関数であり、$f(1) < 0 < f(2)$ を満たします。
中間値の定理が成り立つなら、$1 < c < 2$ で $f(c) = 0$ となる $c$ が存在するはずです。 $f(c) = 0$ は $c^2 = 2$、つまり $c = \sqrt{2}$ を意味します。 しかし $\sqrt{2}$ は有理数ではないので、有理数の世界には $f(c) = 0$ を満たす $c$ が存在しません。
つまり、有理数だけの世界では中間値の定理は成り立ちません。 連続関数が符号を変えても、「途中で $0$ になる点」がない場合があるのです。 これは、有理数の数直線に $\sqrt{2}$ の位置という穴があるために起こります。
中間値の定理の証明は、大まかに次のような流れで行います。
1. 区間 $[a, b]$ を半分に分けて、$f$ の値が符号を変える側を選ぶ(二分法)
2. この操作を繰り返すと、幅がどんどん小さくなる区間の列ができる
3. 区間の端点は「項どうしの差がいくらでも小さくなる数列」、つまりコーシー列になる
4. 実数の完備性により、このコーシー列は実数の中に収束先 $c$ を持つ
5. $f$ の連続性から、$f(c) = 0$ が示される
ステップ4で完備性を使っています。有理数の世界ではこのステップが保証されず、定理が崩れます。
もう一つ、高校で馴染みのある定理を見ます。
関数 $f(x)$ が閉区間 $[a, b]$ で連続であるとき、$f$ は $[a, b]$ 上で最大値と最小値をとる。 つまり、$f(c) \ge f(x)$ がすべての $x \in [a, b]$ に対して成り立つような $c \in [a, b]$ が存在する。
高校の2次関数の最大・最小の問題では、この定理を暗黙に使っています。 「閉区間で連続なら最大値がある」ことは当たり前に見えますが、これも実数の完備性あってこその性質です。
有理数の世界での反例を示します。 有理数の閉区間 $[0, 2] \cap \mathbb{Q}$($0$ 以上 $2$ 以下の有理数の集合)上で関数 $g(x) = \dfrac{1}{|x^2 - 2| + 1}$ を考えます。
この関数は有理数上で連続であり、$x^2$ が $2$ に近いほど $|x^2 - 2|$ が小さくなるので $g(x)$ の値は大きくなります。 $g(x)$ の値は $1$ に近づくことができます($x$ を $\sqrt{2}$ に十分近い有理数にすれば、$g(x)$ はいくらでも $1$ に近づきます)。 しかし、$g(x) = 1$ となるためには $x^2 = 2$、つまり $x = \sqrt{2}$ が必要であり、これは有理数ではありません。
したがって、有理数の世界では $g(x)$ の値は $1$ に限りなく近づきますが、$1$ に到達することはありません。 最大値が「存在しない」のです。上限(近づける上界の最小値)は $1$ ですが、その値を実際にとる点がありません。
実数の世界では $x = \sqrt{2}$ が存在するので $g(\sqrt{2}) = 1$ が最大値になります。 完備性、つまり穴のなさが、最大値の存在を保証しているのです。
ここまでで、実数の完備性が中間値の定理と最大値の定理の成立に不可欠であることを確認しました。 次のセクションでは、これらが微積分(解析学)全体にどう波及するかを見ます。
高校の微積分で行う操作の多くは、暗黙のうちに実数の完備性に依存しています。 具体的に見てみます。
例1:方程式の解の存在
$x^3 - 3x + 1 = 0$ を解くことを考えます。 $f(x) = x^3 - 3x + 1$ とおくと、$f(0) = 1 > 0$、$f(2) = 8 - 6 + 1 = 3 > 0$、$f(-2) = -8 + 6 + 1 = -1 < 0$ です。 $f(-2) < 0$ かつ $f(0) > 0$ なので、中間値の定理により $-2 < c < 0$ で $f(c) = 0$ となる $c$ が存在します。
この推論は、完備性がなければ成り立ちません。 有理数の世界では、$f$ が符号を変えても、$f(c) = 0$ となる $c$ がその世界に存在するとは限りません。 方程式に解があることを保証する根拠は、結局のところ実数の完備性に帰着します。
例2:定積分の計算
高校の数学IIIで学ぶ区分求積法を思い出してください。 定積分 $\displaystyle\int_0^1 x^2 \, dx$ は、区間 $[0, 1]$ を $n$ 等分して長方形の面積の和を計算し、$n \to \infty$ の極限をとることで求めます。
$$\int_0^1 x^2 \, dx = \lim_{n \to \infty} \sum_{k=1}^{n} \left(\frac{k}{n}\right)^2 \cdot \frac{1}{n} = \lim_{n \to \infty} \frac{1}{n^3} \cdot \frac{n(n+1)(2n+1)}{6} = \frac{1}{3}$$
この例では極限値 $\dfrac{1}{3}$ が有理数なので問題は起きません。 しかし一般の定積分では、極限値が無理数になることがあります。 例えば $\displaystyle\int_0^1 \frac{1}{1+x^2} \, dx = \frac{\pi}{4}$ の極限値は $\dfrac{\pi}{4}$ であり、これは無理数です。 有理数の世界では、この極限が存在しません。
例3:微分係数の存在
関数 $f(x) = x^2$ の $x = \sqrt{2}$ における微分係数は $f'(\sqrt{2}) = 2\sqrt{2}$ です。 有理数の世界では $x = \sqrt{2}$ という点が存在しないので、この微分係数を考えること自体ができません。 有理数の世界の関数 $f(x) = x^2$ は、$\sqrt{2}$ の位置で「定義域に穴が開いている」状態です。
実数の完備性が必要な場面をもう一つ、具体的な計算で体験します。
高校で学ぶ無限等比級数の公式を使います。$|r| < 1$ のとき、
$$\sum_{n=0}^{\infty} r^n = \frac{1}{1-r}$$
$r = \dfrac{1}{2}$ とすると、$\displaystyle\sum_{n=0}^{\infty} \left(\frac{1}{2}\right)^n = \frac{1}{1 - 1/2} = 2$ で、この値は有理数です。
では、次の級数はどうでしょうか。
$$\sum_{n=1}^{\infty} \frac{1}{n^2} = \frac{1}{1^2} + \frac{1}{2^2} + \frac{1}{3^2} + \frac{1}{4^2} + \cdots$$
この級数の各項はすべて正の有理数であり、部分和 $S_N = \displaystyle\sum_{n=1}^{N} \frac{1}{n^2}$ もすべて有理数です。 $S_N$ は単調増加で上に有界($S_N < 2$ であることが示せます)なので、「収束するはず」です。 実際、この級数は $\dfrac{\pi^2}{6}$ に収束します(バーゼル問題として知られる有名な結果です)。 しかし $\dfrac{\pi^2}{6}$ は無理数なので、有理数の世界ではこの級数の収束先が存在しません。
このように、有理数の四則演算だけで作った数列や級数であっても、その極限が有理数の外に出てしまうことがあります。 実数の完備性は、こうした極限がすべて確実に存在することを保証します。 解析学(微積分の厳密な理論)が実数の上で展開されるのは、完備性なしには極限操作が保証されないからです。
実数の完備性は、大学の解析学では複数の同値な形で述べられます。代表的なものを挙げます。
1. コーシー列の収束:実数のコーシー列(項どうしの差がいくらでも小さくなる数列)は、必ず実数の中に収束先を持つ。
2. 上限の存在(上限公理):上に有界な空でない実数の部分集合は、必ず上限(最小の上界)を持つ。
3. 区間縮小法:$[a_1, b_1] \supset [a_2, b_2] \supset [a_3, b_3] \supset \cdots$ と閉区間が縮小していき、幅 $b_n - a_n \to 0$ ならば、すべての区間に共通する点がちょうど1つ存在する。
これらはどれも「穴がない」ことの別の言い方であり、互いに同値です。 中間値の定理、最大値の定理は、いずれもこれらの性質から証明されます。
Q1. $\sqrt{2}$ が有理数でないことの証明(背理法)において、最初に仮定することは何ですか。また、どのような矛盾が導かれますか。
Q2. 有理数の稠密性(任意の2つの有理数の間に別の有理数が無限にある)と完備性(コーシー列が必ず収束先を持つ)の違いを説明してください。
Q3. 有理数の世界で中間値の定理が成り立たない反例を一つ挙げてください。
Q4. デデキント切断のアイデアを一言でまとめると、どのような方法で実数を定義しますか。
$\sqrt{3}$ が有理数でないことを、$\sqrt{2}$ の場合と同様の背理法を用いて証明してください。
$\sqrt{3}$ が有理数であると仮定し、互いに素な正の整数 $p$, $q$ で $\sqrt{3} = p/q$ と書きます。
両辺を2乗すると $p^2 = 3q^2$ です。$p^2$ は3の倍数なので $p$ も3の倍数です($p$ が3の倍数でなければ $p = 3m+1$ または $p = 3m+2$ であり、いずれの場合も $p^2$ を3で割った余りは1になり、3の倍数にはなりません)。
$p = 3k$ とおくと $9k^2 = 3q^2$、つまり $q^2 = 3k^2$ です。同じ論理で $q$ も3の倍数になります。
$p$ と $q$ がともに3の倍数であることは、「互いに素」に矛盾します。したがって $\sqrt{3}$ は有理数ではありません。 $\square$
バビロニア法 $a_1 = 2$, $a_{n+1} = \dfrac{1}{2}\left(a_n + \dfrac{3}{a_n}\right)$ を用いて $\sqrt{3}$ の近似値を求めます。$a_1$, $a_2$, $a_3$ を計算し、$\sqrt{3} = 1.7320508\ldots$ との誤差を確認してください。
$a_1 = 2$
$a_2 = \dfrac{1}{2}\left(2 + \dfrac{3}{2}\right) = \dfrac{1}{2} \cdot \dfrac{7}{2} = \dfrac{7}{4} = 1.75$
$a_3 = \dfrac{1}{2}\left(\dfrac{7}{4} + \dfrac{3}{7/4}\right) = \dfrac{1}{2}\left(\dfrac{7}{4} + \dfrac{12}{7}\right) = \dfrac{1}{2} \cdot \dfrac{49 + 48}{28} = \dfrac{97}{56} = 1.732142\ldots$
誤差:$|a_1 - \sqrt{3}| \approx 0.268$、$|a_2 - \sqrt{3}| \approx 0.018$、$|a_3 - \sqrt{3}| \approx 0.000092$
わずか3回の反復で小数第4位まで一致しています。各項はすべて有理数ですが、収束先の $\sqrt{3}$ は有理数ではありません。
$f(x) = x^3 - 2$ とします。
(a) $f(1)$ と $f(2)$ の値を求め、$f(c) = 0$ となる $c$ が $1 < c < 2$ に存在することを中間値の定理から説明してください。
(b) $c = \sqrt[3]{2}$ です。$\sqrt[3]{2}$ が有理数でないことを背理法で証明してください。
(c) この結果から、有理数の世界ではこの $f$ に対して中間値の定理が成り立たないことを説明してください。
(a) $f(1) = 1 - 2 = -1 < 0$、$f(2) = 8 - 2 = 6 > 0$。$f$ は多項式関数なので連続であり、中間値の定理により $f(c) = 0$(つまり $c^3 = 2$)を満たす $c$ が $1 < c < 2$ に存在します。
(b) $\sqrt[3]{2}$ が有理数であると仮定し、互いに素な正の整数 $p$, $q$ で $\sqrt[3]{2} = p/q$ と書きます。両辺を3乗すると $p^3 = 2q^3$ です。$p^3$ が偶数なので $p$ は偶数(奇数の3乗は奇数)。$p = 2k$ とおくと $8k^3 = 2q^3$、つまり $q^3 = 4k^3$。$q^3$ は偶数なので $q$ も偶数。$p$, $q$ がともに偶数であることは「互いに素」に矛盾します。 $\square$
(c) $f(c) = 0$ の解 $c = \sqrt[3]{2}$ は有理数でないため、有理数の世界では $f(1) < 0$, $f(2) > 0$ であるにもかかわらず、$f(c) = 0$ を満たす有理数 $c$ が $1$ と $2$ の間に存在しません。つまり、有理数の世界では中間値の定理が成り立ちません。
$\sqrt{2}$ に対応するデデキント切断 $L = \{ r \in \mathbb{Q} \mid r \le 0 \text{ or } r^2 < 2 \}$ について、以下の問いに答えてください。
(a) $\dfrac{7}{5} \in L$ であることを確認してください。
(b) $\dfrac{3}{2} \notin L$ であることを確認してください。
(c) $L$ に最大元がないことを説明してください。(ヒント:$L$ の任意の正の元 $r$ に対して、$r < s$ かつ $s^2 < 2$ を満たす有理数 $s$ が存在することを示す。)
(a) $\dfrac{7}{5} = 1.4 > 0$ であり、$\left(\dfrac{7}{5}\right)^2 = \dfrac{49}{25} = 1.96 < 2$ なので $\dfrac{7}{5} \in L$ です。
(b) $\dfrac{3}{2} = 1.5 > 0$ であり、$\left(\dfrac{3}{2}\right)^2 = \dfrac{9}{4} = 2.25 > 2$ なので $\dfrac{3}{2}$ は $L$ の条件を満たしません。$\dfrac{3}{2} \notin L$ です。
(c) $L$ の任意の正の元 $r$($r^2 < 2$)をとります。$r$ と $\sqrt{2}$ の間には有理数が存在します(有理数の稠密性)。例えば $s = r + \dfrac{2 - r^2}{r + 2}$ とおくと、$s$ は有理数であり $r < s$ を満たします。また計算すると $s^2 < 2$ になるので $s \in L$ です。したがって $L$ の任意の元 $r$ に対して、$r$ より大きい $L$ の元 $s$ が存在するので、$L$ に最大元はありません。
有理数の世界で最大値の定理が成り立たない例として、有理数上の関数 $h(x) = -x^2 + 2$(定義域は $0 \le x \le 2$、$x \in \mathbb{Q}$)を考えます。
(a) $h(x)$ の最大値の候補を考えます。$h(x)$ が最も大きくなるのはどのような $x$ のときですか。
(b) $h(x) > 0$ かつ $h(x)$ が最大値をとる有理数 $x$ は存在するかを検討してください。特に、有理数の閉区間 $[0, 2] \cap \mathbb{Q}$ 上で $h(x)$ の上限($h$ の値の最小の上界)は何であり、その値を実際にとる有理数 $x$ は存在しますか。
(c) 実数の世界に拡張すると、最大値はどこで達成されますか。なぜ有理数の世界では最大値が達成されなかったかを完備性の観点から説明してください。
(a) $h(x) = -x^2 + 2 = -(x^2 - 2)$ なので、$h(x)$ は $x^2$ が最も $2$ に近いとき最大になります。$x^2 = 2$、つまり $x = \sqrt{2}$ のとき $h(\sqrt{2}) = 0$ に... と考えたくなりますが、注意が必要です。
$h(x) = -x^2 + 2$ は下に凸の放物線を上下反転したもので、$x = 0$ で最大値 $h(0) = 2$ をとります。
(b) $h(0) = 2$ であり、$x = 0$ は有理数なので、この関数では実は有理数の世界でも最大値 $2$ が $x = 0$ で達成されます。
これは、最大値をとる点がたまたま有理数であったからです。最大値の定理が有理数の世界で「崩れる」例を作るには、最大値をとる点が無理数になるような関数を選ぶ必要があります。
(c) 有理数の世界で最大値の定理が崩れる正しい例は、セクション5で挙げた $g(x) = 1/(|x^2 - 2| + 1)$ です。この関数は $x = \sqrt{2}$ で最大値 $1$ をとりますが、$\sqrt{2}$ は有理数でないため、有理数の世界では最大値に到達できません。完備性がないと、最大値をとるべき点($\sqrt{2}$)が数直線上に存在しないため、最大値の定理が成り立たないのです。
この問題は、「最大値の定理が有理数で崩れる例」を自分で構成する難しさを体験する問題です。単純な多項式関数 $h(x) = -x^2 + 2$ では最大値が $x = 0$(有理数)で達成されてしまい、反例になりません。反例を作るには、最大値をとる点が無理数になるよう関数を工夫する必要があります。これにより、完備性の問題が「特殊な状況」ではなく関数の選び方次第でいくらでも発生することが理解できます。