第1章 式と計算

恒等式の定義と性質
─ 「いつでも成り立つ等式」の力

方程式は「特定の値で成り立つ等式」、恒等式は「すべての値で成り立つ等式」。
この区別を明確にすることで、式の操作の自由度が格段に広がります。

1恒等式と方程式の違い ─ なぜ区別するのか

数学で「等式」と言ったとき、実は2種類の意味があります。

種類定義成り立つ $x$ の個数
方程式特定の値のみで成り立つ等式$2x + 1 = 5$($x = 2$ のみ)有限個(または可算個)
恒等式すべての値で成り立つ等式$(x+1)^2 = x^2 + 2x + 1$無限個(すべて)
💡 ここが本質:恒等式は「式の変形の正当性を保証する」もの

$(a+b)^2 = a^2 + 2ab + b^2$ が恒等式であるとは、 どんな $a$, $b$ を入れても左辺と右辺が等しいということです。

だからこそ、式の途中で $(a+b)^2$ を $a^2 + 2ab + b^2$ に書き換えることが許されるのです。 もしこれが方程式(特定の $a, b$ でしか成り立たない)だったら、 書き換えは一般には許されません。

恒等式 = 「式変形のルール」そのもの。

⚠️ 落とし穴:恒等式と方程式を混同する

✕ 誤:$x^2 + 2x + 1 = (x+1)^2$ を「$x$ を求める問題」と思う

○ 正:これはすべての $x$ で成り立つ恒等式。解く必要はなく、式の変形として正しいことを示している

等式を見たら「これは方程式か恒等式か?」を最初に判断する習慣をつけましょう。

2恒等式の基本性質 ─ 「すべての $x$ で成立」から何が言えるか

📐 恒等式の基本定理

$n$ 次以下の多項式について、次の等式が恒等式であることは同値:

$a_n x^n + a_{n-1} x^{n-1} + \cdots + a_1 x + a_0 = b_n x^n + b_{n-1} x^{n-1} + \cdots + b_1 x + b_0$

⟺ $a_k = b_k$($k = 0, 1, 2, \ldots, n$)つまり各次数の係数がすべて等しい

※ 特に $a_n x^n + \cdots + a_0 = 0$ が恒等式 ⟺ $a_n = a_{n-1} = \cdots = a_0 = 0$
💡 ここが本質:恒等式で「両辺の係数を比較できる」のはなぜか

$f(x) = a_n x^n + \cdots + a_0 = 0$ がすべての $x$ で成り立つとき、 $x = 0$ を代入すれば $a_0 = 0$。微分して $x = 0$ を代入すれば $a_1 = 0$。 以下同様に $a_k = 0$ がすべて導けます。

つまり「すべての $x$ で $0$ になる多項式は、すべての係数が $0$ の恒等的ゼロ多項式しかない」。 これが係数比較法の数学的根拠です。

⚠️ 落とし穴:「3個の値で成り立つ → 恒等式」と安易に結論する

$n$ 次の多項式 $f(x) = 0$ は方程式として最大 $n$ 個の解を持ちます。

したがって「$n+1$ 個以上の値で $f(x) = 0$ が成り立てば恒等式」は正しいのですが、 「3個で成り立つ」だけでは不十分な場合があります($f(x)$ が3次以上なら方程式の可能性がある)。

○ 正:$n$ 次以下の多項式の等式が $n+1$ 個以上の $x$ で成り立てば、恒等式

⚠️ 落とし穴:分数式の恒等式で分母が $0$ の値を使う

$\dfrac{1}{(x-1)(x-2)} = \dfrac{A}{x-1} + \dfrac{B}{x-2}$ は、分母が $0$ になる $x = 1$, $x = 2$ では定義されません。

しかし、両辺に $(x-1)(x-2)$ をかけて $1 = A(x-2) + B(x-1)$ とすれば これは多項式の恒等式なので、$x = 1$, $x = 2$ を代入しても矛盾なく $A$, $B$ が求まります。

「分母を払ってから代入する」がコツです。

🔬 深掘り:多項式の一致の定理と代数幾何学

「2つの $n$ 次多項式が $n+1$ 個以上の点で一致すれば、恒等的に一致する」── この定理は多項式の一致の定理と呼ばれます。

代数幾何学では「$n$ 次の曲線は $n$ 本の直線と最大 $n$ 点で交わる」(ベズーの定理)という定理に一般化されます。 恒等式の理論は、代数方程式と幾何学を結びつける深い数学の入口です。

3恒等式の判定 ─ 与えられた等式は恒等式か?

与えられた等式が恒等式かどうかを調べるには、2つの方法があります。

方法手順使う場面
係数比較法両辺を同じ形(降べきの順)に整理し、各次数の係数を比較次数が低く、係数を直接比較できるとき
数値代入法$n+1$ 個以上の適切な値を代入して成立を確認恒等式であることを確認するとき、未定係数を求めるとき

次の記事(II-1-7)で、これらの方法を使って未定係数を決定する問題を詳しく扱います。

💡 ここが本質:恒等式の2つの見方は表裏一体

係数比較法:「対応する係数がすべて等しい」→ 恒等式

数値代入法:「十分な数の値で等しい」→ 恒等式

どちらも「恒等式 ⟺ 差が恒等的にゼロ」という同じ本質から来ています。 問題に応じて使いやすい方を選べばよいのです。

4割り算の等式と恒等式

II-1-4で学んだ $A(x) = B(x) \cdot Q(x) + R(x)$ は恒等式です。 この事実を使うと、割り算の問題に恒等式の手法(係数比較や代入)が応用できます。

具体例:割り算の等式から係数を求める

$x^3 + ax + b$ を $(x-1)^2$ で割ると余りが $2x - 1$ のとき、$a$, $b$ を求める。

▷ 解法のステップ

割り算の等式:$x^3 + ax + b = (x-1)^2 Q(x) + (2x - 1)$

これは恒等式なので、任意の $x$ で成り立つ。$x = 1$ を代入すると

$1 + a + b = 0 \cdot Q(1) + 1$ → $a + b = 0$ ①

次に、両辺を微分して $x = 1$ を代入する。

$3x^2 + a = 2(x-1)Q(x) + (x-1)^2 Q'(x) + 2$

$x = 1$:$3 + a = 0 + 0 + 2$ → $a = -1$ ②

①②より $b = 1$。

🔬 深掘り:恒等式と形式的べき級数

大学数学では、恒等式の概念を形式的べき級数に拡張します。 $\sum a_n x^n = \sum b_n x^n$ が恒等式 ⟺ $a_n = b_n$(すべての $n$)。 これは無限次の「多項式」に対する係数比較法です。

母関数(generating function)の理論はこの考え方に基づいており、 組合せ論や解析学の強力なツールになっています。

5俯瞰マップ ─ 恒等式のつながり

  • ← II-1-4 多項式の割り算:割り算の等式 $A = BQ + R$ は恒等式の重要な例。
  • ← II-1-5 分数式:部分分数分解で $A$, $B$ を求めるのは恒等式の未定係数法。
  • → II-1-7 恒等式の決定:係数比較法・数値代入法を使った未定係数の決定。
  • → II-1-8 等式の証明:恒等式が成り立つことを証明する手法。
  • → II-2-9 剰余の定理:恒等式に特定の値を代入して余りを求める。

📋まとめ

  • 恒等式:すべての変数の値に対して成り立つ等式。式変形のルールそのもの
  • 方程式:特定の値でのみ成り立つ等式。「解」を求めるもの
  • 恒等式の基本定理:「両辺の各次数の係数が等しい」⟺ 恒等式
  • 恒等的ゼロ:$a_n x^n + \cdots + a_0 = 0$ ⟺ $a_n = \cdots = a_0 = 0$
  • 判定の2つの方法:係数比較法数値代入法
  • 割り算の等式は恒等式なので、特定の値を代入して情報を引き出せる

確認テスト

Q1. 恒等式と方程式の違いを一言で説明してください。

▶ クリックして解答を表示恒等式はすべての値で成り立つ等式、方程式は特定の値でのみ成り立つ等式。

Q2. $ax^2 + bx + c = 0$ がすべての $x$ について成り立つとき、$a$, $b$, $c$ の値は?

▶ クリックして解答を表示$a = b = c = 0$(恒等的ゼロの条件)

Q3. 2次以下の多項式の等式が恒等式であることを確認するには、最低何個の値で確認すればよいですか?

▶ クリックして解答を表示$2+1 = 3$ 個。2次多項式の方程式は最大2個の解を持つので、3個の値で成り立てば恒等式。

Q4. $(x+1)^2 = x^2 + 2x + 1$ は恒等式ですか、方程式ですか?

▶ クリックして解答を表示恒等式。すべての $x$ に対して成り立つ(展開の公式そのもの)。

Q5. 恒等式の係数比較法の数学的根拠を説明してください。

▶ クリックして解答を表示「すべての $x$ で $0$ になる多項式は、すべての係数が $0$ しかない」という定理が根拠。$f(x) = 0$ が恒等式なら $x = 0$ を代入して定数項 $= 0$、微分して $x = 0$ を代入して1次の係数 $= 0$、…と順に導ける。

8入試問題演習

A 基礎レベル

II-1-6-1 A 基礎 恒等式 判定

次の等式のうち、恒等式であるものをすべて選べ。

(ア) $x^2 - 1 = (x+1)(x-1)$

(イ) $x^2 + x - 2 = 0$

(ウ) $(a+b)^2 = a^2 + 2ab + b^2$

(エ) $x + 3 = 2x - 1$

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(ア) と (ウ)

解説

(ア) すべての $x$ で成り立つ(因数分解の公式)→ 恒等式 ✓

(イ) $x = 1, -2$ のみ成り立つ → 方程式

(ウ) すべての $a, b$ で成り立つ(展開の公式)→ 恒等式 ✓

(エ) $x = 4$ のみ成り立つ → 方程式

B 標準レベル

II-1-6-2 B 標準 恒等式 係数決定

$2x^2 + 5x + 3 = a(x+1)^2 + b(x+1) + c$ がすべての $x$ で成り立つとき、$a$, $b$, $c$ の値を求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

$a = 2$, $b = 1$, $c = 0$

解説

方法1(数値代入法):$x = -1$ を代入:$2 - 5 + 3 = c$ → $c = 0$。

$x = 0$:$3 = a + b + 0$ → $a + b = 3$。$x = 1$:$10 = 4a + 2b$ → $2a + b = 5$。

連立して $a = 2$, $b = 1$。

方法2(係数比較法):右辺 $= ax^2 + (2a+b)x + (a+b+c)$。

$x^2$: $a = 2$, $x$: $2a+b = 5$ → $b = 1$, 定数: $a+b+c = 3$ → $c = 0$。

採点ポイント
  • 方法の選択と実行(6点)
  • 各係数の正確な計算(3点)
  • 検算(1点)
II-1-6-3 B 標準 割り算の等式 恒等式

$x^3 + ax^2 + b$ を $(x-1)^2$ で割ると余りが $3x - 2$ である。$a$, $b$ の値を求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

$a = -3$, $b = 3$

解説

$x^3 + ax^2 + b = (x-1)^2 Q(x) + 3x - 2$(恒等式)

$x = 1$:$1 + a + b = 3 - 2 = 1$ → $a + b = 0$ ①

微分:$3x^2 + 2ax = 2(x-1)Q(x) + (x-1)^2 Q'(x) + 3$

$x = 1$:$3 + 2a = 3$ → $a = 0$...再計算。$3(1)^2 + 2a(1) = 0 + 0 + 3$ → $3 + 2a = 3$ → $a = 0$。①より $b = 0$。

検算:$x^3$ を $(x-1)^2$ で割る。$x^3 = (x-1)^2 \cdot x + 2x^2 - x$...これは合わない。

再計算。$f(x) = x^3 + ax^2 + b$。$f(1) = 1 + a + b = 3(1) - 2 = 1$ → $a + b = 0$。

$f'(x) = 3x^2 + 2ax$。$f'(1) = 3 + 2a = 3$(余り $3x - 2$ の微分は $3$)→ $a = 0$, $b = 0$。

検算:$x^3 + 0 + 0 = x^3$。$x^3 \div (x-1)^2$:$x^3 = (x-1)^2(x+2) + (3x-2)$? $(x-1)^2(x+2) = (x^2-2x+1)(x+2) = x^3+2x^2-2x^2-4x+x+2 = x^3 - 3x + 2$。$x^3 - (x^3-3x+2) = 3x - 2$ ✓

$a = 0$, $b = 0$。

採点ポイント
  • 割り算の等式が恒等式であることの認識(2点)
  • $x = 1$ 代入(3点)
  • 微分を利用した2つ目の条件(3点)
  • $a$, $b$ の決定と検算(2点)

C 発展レベル

II-1-6-4 C 発展 恒等式 分数式 論述

$\dfrac{x^2 + 1}{(x-1)(x^2+x+1)} = \dfrac{a}{x-1} + \dfrac{bx+c}{x^2+x+1}$ が恒等式であるとき、$a$, $b$, $c$ の値を求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

$a = \dfrac{2}{3}$, $b = \dfrac{1}{3}$, $c = \dfrac{1}{3}$

解説

両辺に $(x-1)(x^2+x+1)$ をかけると

$x^2 + 1 = a(x^2+x+1) + (bx+c)(x-1)$

$x = 1$:$2 = 3a$ → $a = 2/3$

$x^2$ の係数:$1 = a + b$ → $b = 1 - 2/3 = 1/3$

定数項:$1 = a - c$ → $c = a - 1 = 2/3 - 1 = -1/3$...再計算。定数項:$1 = a \cdot 1 + c \cdot (-1)$ → $1 = a - c$ → $c = 2/3 - 1 = -1/3$。

検算:$\frac{2}{3} \cdot \frac{1}{x-1} + \frac{x/3 - 1/3}{x^2+x+1} = \frac{2(x^2+x+1) + (x-1)(x/3-1/3)}{3(x-1)(x^2+x+1)}$...計算が煩雑なので、$x = 0$ で確認。左辺 $= \frac{1}{(-1)(1)} = -1$。右辺 $= \frac{2/3}{-1} + \frac{-1/3}{1} = -2/3 - 1/3 = -1$ ✓

$a = 2/3$, $b = 1/3$, $c = -1/3$。

採点ポイント
  • 分母を払って多項式の恒等式にする(3点)
  • $a$ の決定($x = 1$ の代入)(2点)
  • $b$, $c$ の決定(係数比較)(3点)
  • 検算(2点)