二項定理の威力は「展開式全体を書かなくても、欲しい情報だけ取り出せる」点にあります。
係数の決定、整数の余り、多項式の展開など、幅広い応用を見ていきましょう。
$(a+b+c)^n$ の展開で特定の項の係数を求める問題は入試頻出です。 基本的な考え方は二項定理の拡張ですが、少し工夫が必要です。
$(a+b+c)^n$ を直接展開するのではなく、$\{(a+b)+c\}^n$ と見て二項定理を適用し、 さらに $(a+b)^k$ の部分にもう一度二項定理を適用する。この「2段階」が基本戦略です。
あるいは、多項定理を直接使う方法もあります:
$(a+b+c)^n$ の $a^p b^q c^r$($p+q+r=n$)の項の係数は $\dfrac{n!}{p! \, q! \, r!}$
$(a+b+c)^n$ の展開式で、$a^p b^q c^r$($p+q+r = n$, $p, q, r \geq 0$)の項の係数は
$$\frac{n!}{p! \, q! \, r!}$$
Step 1:$a = x$, $b = 2y$, $c = 3z$, $n = 5$ とする。$a^2 b^1 c^2$ の項を求める。
Step 2:多項係数は $\dfrac{5!}{2! \cdot 1! \cdot 2!} = \dfrac{120}{2 \cdot 1 \cdot 2} = 30$
Step 3:$b = 2y$, $c = 3z$ の定数部分も含めると
$30 \cdot x^2 \cdot (2y)^1 \cdot (3z)^2 = 30 \cdot 2 \cdot 9 \cdot x^2 y z^2 = 540 \, x^2 y z^2$
よって $x^2 y z^2$ の係数は $540$。
$(a+b+c)^5$ で $a^2 b^2 c^2$ の係数を求めようとするのはナンセンスです。 $2 + 2 + 2 = 6 \neq 5$ なので、そのような項は存在しません。
✕ 誤:指数の和が $n$ にならない組合せを探す
○ 正:まず $p + q + r = n$ を満たす組合せを列挙してから計算に入る
$(x + 2y + 3z)^5$ の $x^2 y z^2$ の係数を求めるとき:
✕ 誤:多項係数 $\dfrac{5!}{2! 1! 2!} = 30$ だけを答える
○ 正:$30 \cdot (2)^1 \cdot (3)^2 = 30 \cdot 2 \cdot 9 = 540$
$b = 2y$, $c = 3z$ に含まれる定数 $2$, $3$ のべき乗を忘れないこと!
$m$ 個の変数の場合、$(a_1 + a_2 + \cdots + a_m)^n$ の $a_1^{k_1} a_2^{k_2} \cdots a_m^{k_m}$ ($k_1 + k_2 + \cdots + k_m = n$)の項の係数は
$$\frac{n!}{k_1! \, k_2! \, \cdots \, k_m!}$$
これを多項係数と呼びます。二項定理($m = 2$)の自然な一般化です。 多項係数は確率論の多項分布や、統計力学の状態数の計算に直結しています。
大きなべき乗の値を特定の数で割った余りを求める問題に、二項定理が威力を発揮します。
$99^{50}$ を $100$ で割った余りを求めたいなら、$99 = 100 - 1$ と書いて $(100 - 1)^{50}$ に二項定理を適用します。
展開式の中で $100^k$($k \geq 1$)を含む項はすべて $100$ の倍数なので、余りに影響しません。 余りは $k = 0$ の項($(-1)^{50} = 1$)だけで決まります。
このように「割る数に近い数」で分解するのがコツです。
| パターン | $a^n$ の形 | 分解の方法 | 例 |
|---|---|---|---|
| A | $a^n \pmod{m}$ | $a = m \pm k$ と分解 | $7^{100} \pmod{5}$: $7 = 5 + 2$ |
| B | $a^n$ が $m$ で割り切れることの証明 | $a = (m + \text{何か})$ で展開 | $5^n - 1$ が $4$ の倍数 |
| C | 桁数・最高位の数字 | $\log_{10}$ と二項定理の組合せ | $2^{100}$ の桁数 |
Step 1:$48$ に近い $7$ のべき乗を探す。$7^2 = 49 = 48 + 1$。
Step 2:$7^{100} = (7^2)^{50} = 49^{50} = (48 + 1)^{50}$
Step 3:二項定理で展開すると
$(48 + 1)^{50} = \displaystyle\sum_{k=0}^{50} {}_{50}C_k \cdot 48^k \cdot 1^{50-k}$
$k \geq 1$ の項はすべて $48$ の倍数。よって $7^{100} \equiv {}_{50}C_0 \cdot 1 = 1 \pmod{48}$
余りは $1$。
$7^{100}$ を $48$ で割った余りを求めるとき:
✕ 誤:$7 = 48 - 41$ として $(48 - 41)^{100}$ を展開 → $41^k$ の項が残り、結局困る
○ 正:$7^2 = 49 = 48 + 1$ と気づいて $(48 + 1)^{50}$ に変換
「割る数 $\pm 1$」の形を作るのがポイント。$\pm 1$ なら $k = 0$ の項以外がすべて消えます。
大学数学では、このような整数問題を合同式($a \equiv b \pmod{m}$)の記法で扱います。 さらに、$p$ が素数で $\gcd(a, p) = 1$ のとき $a^{p-1} \equiv 1 \pmod{p}$ という フェルマーの小定理が成り立ち、大きなべき乗の余りを効率的に求められます。
二項定理による方法は、フェルマーの小定理を知らなくても使える汎用的なアプローチです。
$(1+x)^n = \sum_{k=0}^{n} {}_nC_k x^k$ に対して、微分や積分を施してから 特定の値を代入すると、さまざまな二項係数の等式が得られます。
$(1+x)^n$ を $x$ で微分すると $n(1+x)^{n-1}$。右辺も項別に微分すると:
$$n(1+x)^{n-1} = \sum_{k=1}^{n} k \cdot {}_nC_k \, x^{k-1}$$ここに $x = 1$ を代入すると $\sum k \cdot {}_nC_k = n \cdot 2^{n-1}$。 $x = -1$ を代入すると $\sum k \cdot {}_nC_k \cdot (-1)^{k-1} = 0$。
$\sum k \cdot {}_nC_k$ のように「$k$」が付いた和は、$(1+x)^n$ を微分してから代入することで求まります。
$\sum k^2 \cdot {}_nC_k$ なら2回微分。一般に $k$ の多項式が付いた和は、微分の繰り返しで求められます。
この手法の本質は「$x^k$ を微分すると $k \cdot x^{k-1}$ になる」という微分の性質を逆利用することです。
$(1+x)^n$ を $0$ から $1$ まで積分すると
$$\int_0^1 (1+x)^n \, dx = \left[\frac{(1+x)^{n+1}}{n+1}\right]_0^1 = \frac{2^{n+1} - 1}{n+1}$$右辺も項別に積分すると
$$\sum_{k=0}^{n} \frac{{}_nC_k}{k+1} = \frac{2^{n+1} - 1}{n+1}$$求めたい等式に応じて、代入する $x$ の値を選ぶ必要があります。
✕ 誤:求めたい形に合わない値を代入して、関係ない式を得る
○ 正:等式の右辺を見て、$2^{n-1}$ が現れるなら $x = 1$、$0$ が現れるなら $x = -1$ を代入すればよいと判断する
「ゴールから逆算して代入値を決める」のが鉄則です。
$\sum_{k=0}^{n} {}_nC_k x^k$ を微分すると $k = 0$ の項(定数項 ${}_nC_0 = 1$)は消えます。 微分後の和は $\sum_{k=1}^{n}$ で始まることに注意してください。
求めたい等式が $k = 0$ から始まっているのか $k = 1$ から始まっているのかで、答えが変わります。
入試では、二項定理と他の分野を組み合わせた問題がよく出ます。 典型的な融合パターンを整理しておきましょう。
| 融合先 | よくある問題 | 使う技法 |
|---|---|---|
| 整数 | $n^p \pmod{m}$ の余り | $n = m \pm k$ と分解して二項展開 |
| 微分 | $\sum k \cdot {}_nC_k$ 型の和 | $(1+x)^n$ を微分後に代入 |
| 数列 | 二項係数を含む漸化式 | パスカルの等式を利用 |
| 確率 | 二項分布の期待値・分散 | $(p+q)^n$ に二項定理を適用 |
「$3^{100}$ は何桁の数か」のような問題も、二項定理の応用として出題されます。 ただし、この場合は二項定理よりも常用対数を使う解法が一般的です(第5章で詳しく扱います)。
二項定理の応用問題で最も重要なのは、「何を $a$、何を $b$ とするか」の分解の仕方です。
良い分解の基準は:展開後に「余計な項がすべて消えて、求めたい部分だけ残る」ようにすること。
$\pm 1$ の形が作れれば理想的。できなくても、割る数の倍数が含まれる形を目指します。
数列 $\{a_n\}$ に対して $f(x) = \sum a_n x^n$ を母関数(generating function)と呼びます。 $(1+x)^n$ は二項係数 ${}_nC_k$ の母関数です。
母関数の微分・積分・代入によって数列の和や漸化式が求められるというのは、 組合せ論や確率論の強力な道具です。高校で学ぶ「$(1+x)^n$ を微分して $x = 1$ を代入」は、 母関数法の最も初歩的な応用です。
Q1. $(a+b+c)^4$ の展開式で $a^2 bc$ の項の係数を求めてください。
Q2. $11^{100}$ を $100$ で割った余りを求めてください。
Q3. $\sum_{k=0}^{n} k \cdot {}_nC_k = n \cdot 2^{n-1}$ を導くために、何の式を微分しますか?
Q4. $(x + 2y + z)^6$ で $x^3 y^2 z$ の係数を求めてください。
Q5. 二項定理の整数問題で「$\pm 1$」を作るのが理想的である理由を説明してください。
この記事で学んだ内容を、入試形式の問題で確認しましょう。
$(a + b + c)^5$ の展開式で $a^2 b^2 c$ の項の係数を求めよ。
$30$
$p = 2, q = 2, r = 1$, $p+q+r = 5$ ✓
$\dfrac{5!}{2! \cdot 2! \cdot 1!} = \dfrac{120}{4} = 30$
$5^n - 1$ が $4$ の倍数であることを、$n$ が正の整数のとき証明せよ。
下記の解説を参照。
方針:$5 = 4 + 1$ として二項定理を適用。
$5^n = (4+1)^n = \displaystyle\sum_{k=0}^{n} {}_nC_k \cdot 4^k \cdot 1^{n-k}$
$= {}_nC_0 + {}_nC_1 \cdot 4 + {}_nC_2 \cdot 4^2 + \cdots + {}_nC_n \cdot 4^n$
$= 1 + 4({}_nC_1 + {}_nC_2 \cdot 4 + \cdots + {}_nC_n \cdot 4^{n-1})$
$5^n - 1 = 4({}_nC_1 + {}_nC_2 \cdot 4 + \cdots + {}_nC_n \cdot 4^{n-1})$
カッコ内は整数なので $5^n - 1$ は $4$ の倍数。□
$(2x + y - 3z)^4$ の展開式で $x^2 y z$ の項の係数を求めよ。
$-144$
方針:$a = 2x$, $b = y$, $c = -3z$ とする。$a^2 b^1 c^1$ の項を求める。
多項係数:$\dfrac{4!}{2! \cdot 1! \cdot 1!} = 12$
定数部分:$(2)^2 \cdot (1)^1 \cdot (-3)^1 = 4 \cdot 1 \cdot (-3) = -12$
$12 \times (-12) = -144$
$n$ を正の整数とする。次の等式を証明せよ。
$$\sum_{k=0}^{n} {}_nC_k^2 = {}_{2n}C_n$$
下記の解説を参照。
方針:$(1+x)^n (1+x)^n = (1+x)^{2n}$ の $x^n$ の係数を2通りで表す。
右辺:$(1+x)^{2n}$ の $x^n$ の係数は ${}_{2n}C_n$。
左辺:$(1+x)^n = \sum_{j=0}^{n} {}_nC_j x^j$ と $(1+x)^n = \sum_{k=0}^{n} {}_nC_k x^k$ の積で $x^n$ の項は、$j + k = n$ を満たすすべての組 $(j, k)$ について ${}_nC_j \cdot {}_nC_k$ の和。
$j = n - k$ より ${}_nC_{n-k} = {}_nC_k$ なので、$\sum_{k=0}^{n} {}_nC_k \cdot {}_nC_k = \sum_{k=0}^{n} ({}_nC_k)^2$。
よって $\sum_{k=0}^{n} ({}_nC_k)^2 = {}_{2n}C_n$。□