$(a+b)^2$, $(a+b)^3$ の展開公式の背後にある統一的な法則が二項定理です。
「なぜ係数が $_nC_k$ になるのか」を理解すれば、何次の展開でも恐れることはありません。
$(a+b)^n$ を展開したときの係数を並べてみましょう。
| $n$ | 展開式の係数 |
|---|---|
| 0 | 1 |
| 1 | 1 1 |
| 2 | 1 2 1 |
| 3 | 1 3 3 1 |
| 4 | 1 4 6 4 1 |
| 5 | 1 5 10 10 5 1 |
この三角形はパスカルの三角形と呼ばれます。 各行の両端は必ず $1$ で、内側の数はその左上と右上の数の和になっています。 たとえば第4行の $6$ は、第3行の $3$ と $3$ の和です。
パスカルの三角形で「左上 + 右上 = 自分」が成り立つ理由は、組合せの再帰的な性質にあります。
$_nC_k = _{n-1}C_{k-1} + _{n-1}C_k$
これは「$n$ 個の中から $k$ 個を選ぶ」とき、特定の1個に着目して 「それを選ぶ(残り $n-1$ 個から $k-1$ 個)」か「選ばない(残り $n-1$ 個から $k$ 個)」に分けることで証明できます。
この三角形はフランスの数学者パスカル(1623-1662)にちなんでいますが、 実はパスカルより数百年前に中国の数学者・楊輝(1238年頃)や、 さらに古くはインドの数学者にも知られていました。
パスカルの貢献は、この三角形の性質を体系的に研究し、 確率論の基礎に応用したことにあります。
パスカルの三角形の各数は、実は組合せの数 $_nC_k$ そのものです。 これを公式として述べたものが二項定理です。
$n$ が正の整数のとき
$$(a+b)^n = \sum_{k=0}^{n} {}_nC_k \, a^{n-k} b^k$$
$= {}_nC_0 a^n + {}_nC_1 a^{n-1}b + {}_nC_2 a^{n-2}b^2 + \cdots + {}_nC_n b^n$
$(a+b)^n = \underbrace{(a+b)(a+b) \cdots (a+b)}_{n個}$ を展開するとき、 各カッコから $a$ か $b$ のどちらか1つを選んでかけ合わせます。
$a^{n-k}b^k$ の項が生まれるのは、$n$ 個のカッコのうち $k$ 個から $b$ を選び、残り $n-k$ 個から $a$ を選ぶとき。 その選び方は $_nC_k$ 通りです。
だから $a^{n-k}b^k$ の係数は $_nC_k$。二項定理とは「組合せの数え上げ」そのものなのです。
[I] $n = 1$ のとき:$(a+b)^1 = {}_1C_0 a + {}_1C_1 b = a + b$。✓
[II] $n = m$ で成り立つと仮定する。すなわち $(a+b)^m = \displaystyle\sum_{k=0}^{m} {}_mC_k \, a^{m-k}b^k$ が成り立つとする。
$n = m+1$ のとき:
$(a+b)^{m+1} = (a+b)^m \cdot (a+b) = \displaystyle\sum_{k=0}^{m} {}_mC_k \, a^{m-k}b^k \cdot (a+b)$
$a^{m+1-j}b^j$($1 \leq j \leq m$)の係数は ${}_mC_{j} + {}_mC_{j-1} = {}_{m+1}C_j$(パスカルの等式)。 $j = 0$ と $j = m+1$ の項も ${}_{m+1}C_0 = 1$, ${}_{m+1}C_{m+1} = 1$ で合致。
よって $n = m+1$ でも成り立つ。[I],[II]より、すべての正の整数 $n$ で成立。□
✕ 誤:$\displaystyle\sum_{k=1}^{n} {}_nC_k \, a^{n-k}b^k$($k = 0$ の項を忘れる)
○ 正:$\displaystyle\sum_{k=0}^{n} {}_nC_k \, a^{n-k}b^k$($k$ は $0$ から $n$ まで)
$k = 0$ の項は ${}_nC_0 \, a^n = a^n$。これを落とすと展開が不完全になります。
二項定理の各項 ${}_nC_k \, a^{n-k}b^k$ では、$a$ の指数 $(n-k)$ と $b$ の指数 $k$ の和が必ず $n$ です。
✕ 誤:$(x+2)^5$ の展開で $\cdots + {}_5C_2 x^2 \cdot 2^2 + \cdots$(指数の和が $4 \neq 5$)
○ 正:$\cdots + {}_5C_2 x^3 \cdot 2^2 + \cdots$(指数の和が $3 + 2 = 5$)
検算:各項で指数の和が $n$ になっているかを必ず確認しましょう。
二項定理の最も実用的な使い方は、展開式全体を書かずに特定の項だけを取り出すことです。
$(a+b)^n$ の展開式の第 $k+1$ 項($k = 0, 1, 2, \ldots, n$)は
$${}_nC_k \, a^{n-k} b^k$$
$(2x - 3)^6$ の展開式で $x^4$ の項の係数を求めてみましょう。
Step 1:一般項を書く。$a = 2x$, $b = -3$, $n = 6$ とすると
一般項 $= {}_6C_k (2x)^{6-k}(-3)^k = {}_6C_k \cdot 2^{6-k} \cdot (-3)^k \cdot x^{6-k}$
Step 2:$x^4$ の項は $6 - k = 4$、すなわち $k = 2$。
Step 3:$k = 2$ を代入。
${}_6C_2 \cdot 2^4 \cdot (-3)^2 = 15 \cdot 16 \cdot 9 = 2160$
よって $x^4$ の係数は $2160$。
一般項 ${}_nC_k \, a^{n-k}b^k$ の $k$ は、$n$ 個のカッコから $b$ を選ぶ回数です。 求めたい項の $x$ の次数がわかれば、$k$ の値は $6 - k = (\text{求めたい次数})$ から一意に決まります。
つまり「$x^r$ の係数を求めよ」→「$k$ を $n - k = r$ から求める」→「一般項に代入」。 この3ステップで、展開式全体を書かずに答えが出ます。
$(2x - 3)^6$ で $a = 2x$, $b = -3$ とするとき:
✕ 誤:$a^{6-k} = x^{6-k}$($2$ を忘れる)
○ 正:$a^{6-k} = (2x)^{6-k} = 2^{6-k} x^{6-k}$
$a = 2x$ を丸ごと $(2x)^{6-k}$ と計算しなければ、$2^{6-k}$ の部分が抜け落ちます。 同様に $b = -3$ の負号も $(−3)^k$ として残す必要があります。
ニュートンは二項定理を $n$ が分数や負の数の場合に拡張しました。 たとえば $(1+x)^{1/2} = 1 + \frac{1}{2}x - \frac{1}{8}x^2 + \cdots$($|x| < 1$ のとき収束)。
これは二項級数(一般化二項定理)と呼ばれ、$\sqrt{1+x}$ の近似計算など、 物理学や工学で広く使われています。高校の二項定理は、$n$ が正の整数の場合に限定した特殊ケースです。
二項定理から、二項係数 $_nC_k$ に関するさまざまな等式が導けます。 これらは入試でも頻出です。
$(a+b)^n = \sum_{k=0}^{n} {}_nC_k \, a^{n-k}b^k$ で $a = b = 1$ とすると
$$2^n = {}_nC_0 + {}_nC_1 + {}_nC_2 + \cdots + {}_nC_n$$つまり、二項係数の総和は $2^n$ です。 パスカルの三角形の各行の数の合計が $1, 2, 4, 8, 16, \ldots$ と2倍ずつになる理由が、ここにあります。
$a = 1$, $b = -1$ を代入すると
$$0 = {}_nC_0 - {}_nC_1 + {}_nC_2 - {}_nC_3 + \cdots + (-1)^n {}_nC_n$$よって 「偶数番目の二項係数の和」=「奇数番目の二項係数の和」= $2^{n-1}$。
(1) ${}_nC_0 + {}_nC_1 + {}_nC_2 + \cdots + {}_nC_n = 2^n$
(2) ${}_nC_0 - {}_nC_1 + {}_nC_2 - \cdots + (-1)^n {}_nC_n = 0$
(3) ${}_nC_k = {}_nC_{n-k}$(対称性)
(4) ${}_nC_k = {}_{n-1}C_{k-1} + {}_{n-1}C_k$(パスカルの等式)
二項係数の等式を証明するときは、$(1+x)^n$ に適切な $x$ を代入するのが基本戦略です。
✕ 誤:「証明せよ」と言われて、左辺と右辺をそれぞれ計算しようとする
○ 正:$(1+x)^n = \sum {}_nC_k x^k$ に $x = 1, -1, 2, \ldots$ などを代入して等式を導く
さらに、両辺を $x$ で微分してから代入する手法も有効です(次の記事で詳しく扱います)。
二項係数 $_nC_k$ は数学のあらゆる分野に登場します。 確率論では事象の場合の数として、統計学では二項分布のパラメータとして、 代数学では多項式環の基底として。
組合せ論(combinatorics)という数学の一分野は、まさにこの「数え上げの数学」を研究するものです。 二項定理は組合せ論の最も基本的な定理の1つであり、ここから始まる世界は驚くほど広大です。
Q1. $(a+b)^n$ の展開式で $a^{n-k}b^k$ の係数が $_nC_k$ になる理由を一言で説明してください。
Q2. $(x+1)^7$ の展開式で $x^5$ の項の係数を求めてください。
Q3. $_5C_0 + {}_5C_1 + {}_5C_2 + {}_5C_3 + {}_5C_4 + {}_5C_5$ の値を求めてください。
Q4. パスカルの等式 $_nC_k = {}_{n-1}C_{k-1} + {}_{n-1}C_k$ の意味を、組合せの言葉で説明してください。
Q5. $(3x - 2)^4$ の展開式で $x^2$ の項の係数を求めてください。
この記事で学んだ内容を、入試形式の問題で確認しましょう。
$(x + 3)^6$ の展開式で $x^4$ の項の係数を求めよ。
$135$
一般項:${}_6C_k \cdot x^{6-k} \cdot 3^k$。$x^4$ は $6 - k = 4$ より $k = 2$。
${}_6C_2 \cdot 3^2 = 15 \cdot 9 = 135$
$\left(x^2 - \dfrac{2}{x}\right)^6$ の展開式の定数項を求めよ。
$240$
方針:一般項を求めて $x$ の次数が $0$ になる $k$ を見つける。
一般項:${}_6C_k (x^2)^{6-k} \left(-\dfrac{2}{x}\right)^k = {}_6C_k \cdot (-2)^k \cdot x^{2(6-k)-k}$
$x$ の次数:$12 - 2k - k = 12 - 3k$
定数項は $12 - 3k = 0$ より $k = 4$。
${}_6C_4 \cdot (-2)^4 = 15 \cdot 16 = 240$
$n$ が正の整数のとき、次の等式を証明せよ。
$${}_nC_1 + 2 \cdot {}_nC_2 + 3 \cdot {}_nC_3 + \cdots + n \cdot {}_nC_n = n \cdot 2^{n-1}$$
下記の解説を参照。
方針:$(1+x)^n$ を $x$ で微分してから $x = 1$ を代入する。
$(1+x)^n = \displaystyle\sum_{k=0}^{n} {}_nC_k x^k$ の両辺を $x$ で微分すると
$n(1+x)^{n-1} = \displaystyle\sum_{k=1}^{n} k \cdot {}_nC_k \, x^{k-1}$
$x = 1$ を代入すると
$n \cdot 2^{n-1} = \displaystyle\sum_{k=1}^{n} k \cdot {}_nC_k = {}_nC_1 + 2 \cdot {}_nC_2 + \cdots + n \cdot {}_nC_n$ □
$21^{10}$ を $400$ で割った余りを求めよ。
$1$
方針:$21 = 1 + 20$ として二項定理を適用し、$400 = 20^2$ で割った余りに着目。
$21^{10} = (1 + 20)^{10} = \displaystyle\sum_{k=0}^{10} {}_{10}C_k \cdot 20^k$
$k \geq 2$ の項は $20^2 = 400$ の倍数なので、$400$ で割った余りに影響しない。
$k = 0$:${}_{10}C_0 \cdot 20^0 = 1$
$k = 1$:${}_{10}C_1 \cdot 20^1 = 200$
$21^{10} \equiv 1 + 200 = 201 \pmod{400}$
$201$ は $400$ より小さいので、余りは $201$。
⚠️ 訂正:上の計算を確認。$21^{10} = (1+20)^{10}$。$k=0$: $1$, $k=1$: $200$。合計 $201$。残りの項はすべて $20^2 = 400$ の倍数。よって余りは $\boxed{201}$。