第1章 式と計算

二項定理
─ $(a+b)^n$ の展開を組合せで読み解く

$(a+b)^2$, $(a+b)^3$ の展開公式の背後にある統一的な法則が二項定理です。
「なぜ係数が $_nC_k$ になるのか」を理解すれば、何次の展開でも恐れることはありません。

1パスカルの三角形 ─ 係数に隠された規則

$(a+b)^n$ を展開したときの係数を並べてみましょう。

$n$展開式の係数
01
11 1
21 2 1
31 3 3 1
41 4 6 4 1
51 5 10 10 5 1

この三角形はパスカルの三角形と呼ばれます。 各行の両端は必ず $1$ で、内側の数はその左上と右上の数の和になっています。 たとえば第4行の $6$ は、第3行の $3$ と $3$ の和です。

💡 ここが本質:パスカルの三角形の規則は「選び方の再帰構造」

パスカルの三角形で「左上 + 右上 = 自分」が成り立つ理由は、組合せの再帰的な性質にあります。

$_nC_k = _{n-1}C_{k-1} + _{n-1}C_k$

これは「$n$ 個の中から $k$ 個を選ぶ」とき、特定の1個に着目して 「それを選ぶ(残り $n-1$ 個から $k-1$ 個)」か「選ばない(残り $n-1$ 個から $k$ 個)」に分けることで証明できます。

🔬 深掘り:パスカルとその三角形の歴史

この三角形はフランスの数学者パスカル(1623-1662)にちなんでいますが、 実はパスカルより数百年前に中国の数学者・楊輝(1238年頃)や、 さらに古くはインドの数学者にも知られていました。

パスカルの貢献は、この三角形の性質を体系的に研究し、 確率論の基礎に応用したことにあります。

2二項定理 ─ なぜ係数が $_nC_k$ なのか

パスカルの三角形の各数は、実は組合せの数 $_nC_k$ そのものです。 これを公式として述べたものが二項定理です。

📐 二項定理

$n$ が正の整数のとき

$$(a+b)^n = \sum_{k=0}^{n} {}_nC_k \, a^{n-k} b^k$$

$= {}_nC_0 a^n + {}_nC_1 a^{n-1}b + {}_nC_2 a^{n-2}b^2 + \cdots + {}_nC_n b^n$

※ $_nC_k = \dfrac{n!}{k!(n-k)!}$ を二項係数と呼ぶ。
💡 ここが本質:二項定理は「$n$ 個のカッコからの選び方の数え上げ」

$(a+b)^n = \underbrace{(a+b)(a+b) \cdots (a+b)}_{n個}$ を展開するとき、 各カッコから $a$ か $b$ のどちらか1つを選んでかけ合わせます。

$a^{n-k}b^k$ の項が生まれるのは、$n$ 個のカッコのうち $k$ 個から $b$ を選び、残り $n-k$ 個から $a$ を選ぶとき。 その選び方は $_nC_k$ 通りです。

だから $a^{n-k}b^k$ の係数は $_nC_k$。二項定理とは「組合せの数え上げ」そのものなのです。

▷ 二項定理の厳密な証明(数学的帰納法)

[I] $n = 1$ のとき:$(a+b)^1 = {}_1C_0 a + {}_1C_1 b = a + b$。✓

[II] $n = m$ で成り立つと仮定する。すなわち $(a+b)^m = \displaystyle\sum_{k=0}^{m} {}_mC_k \, a^{m-k}b^k$ が成り立つとする。

$n = m+1$ のとき:

$(a+b)^{m+1} = (a+b)^m \cdot (a+b) = \displaystyle\sum_{k=0}^{m} {}_mC_k \, a^{m-k}b^k \cdot (a+b)$

$a^{m+1-j}b^j$($1 \leq j \leq m$)の係数は ${}_mC_{j} + {}_mC_{j-1} = {}_{m+1}C_j$(パスカルの等式)。 $j = 0$ と $j = m+1$ の項も ${}_{m+1}C_0 = 1$, ${}_{m+1}C_{m+1} = 1$ で合致。

よって $n = m+1$ でも成り立つ。[I],[II]より、すべての正の整数 $n$ で成立。□

⚠️ 落とし穴:$\Sigma$ 記号の添え字の範囲に注意

✕ 誤:$\displaystyle\sum_{k=1}^{n} {}_nC_k \, a^{n-k}b^k$($k = 0$ の項を忘れる)

○ 正:$\displaystyle\sum_{k=0}^{n} {}_nC_k \, a^{n-k}b^k$($k$ は $0$ から $n$ まで)

$k = 0$ の項は ${}_nC_0 \, a^n = a^n$。これを落とすと展開が不完全になります。

⚠️ 落とし穴:$a$ と $b$ の指数の和が $n$ にならない

二項定理の各項 ${}_nC_k \, a^{n-k}b^k$ では、$a$ の指数 $(n-k)$ と $b$ の指数 $k$ の和が必ず $n$ です。

✕ 誤:$(x+2)^5$ の展開で $\cdots + {}_5C_2 x^2 \cdot 2^2 + \cdots$(指数の和が $4 \neq 5$)

○ 正:$\cdots + {}_5C_2 x^3 \cdot 2^2 + \cdots$(指数の和が $3 + 2 = 5$)

検算:各項で指数の和が $n$ になっているかを必ず確認しましょう。

3一般項 ─ 特定の項だけを取り出す

二項定理の最も実用的な使い方は、展開式全体を書かずに特定の項だけを取り出すことです。

📐 $(a+b)^n$ の一般項

$(a+b)^n$ の展開式の第 $k+1$ 項($k = 0, 1, 2, \ldots, n$)は

$${}_nC_k \, a^{n-k} b^k$$

※ 「第 $k+1$ 項」であることに注意。$k = 0$ が第1項。

一般項の使い方:具体例

$(2x - 3)^6$ の展開式で $x^4$ の項の係数を求めてみましょう。

▷ 解法のステップ

Step 1:一般項を書く。$a = 2x$, $b = -3$, $n = 6$ とすると

一般項 $= {}_6C_k (2x)^{6-k}(-3)^k = {}_6C_k \cdot 2^{6-k} \cdot (-3)^k \cdot x^{6-k}$

Step 2:$x^4$ の項は $6 - k = 4$、すなわち $k = 2$。

Step 3:$k = 2$ を代入。

${}_6C_2 \cdot 2^4 \cdot (-3)^2 = 15 \cdot 16 \cdot 9 = 2160$

よって $x^4$ の係数は $2160$。

💡 ここが本質:一般項の $k$ は「$b$ を選ぶ回数」

一般項 ${}_nC_k \, a^{n-k}b^k$ の $k$ は、$n$ 個のカッコから $b$ を選ぶ回数です。 求めたい項の $x$ の次数がわかれば、$k$ の値は $6 - k = (\text{求めたい次数})$ から一意に決まります。

つまり「$x^r$ の係数を求めよ」→「$k$ を $n - k = r$ から求める」→「一般項に代入」。 この3ステップで、展開式全体を書かずに答えが出ます。

⚠️ 落とし穴:$a$ に含まれる定数や符号を忘れる

$(2x - 3)^6$ で $a = 2x$, $b = -3$ とするとき:

✕ 誤:$a^{6-k} = x^{6-k}$($2$ を忘れる)

○ 正:$a^{6-k} = (2x)^{6-k} = 2^{6-k} x^{6-k}$

$a = 2x$ を丸ごと $(2x)^{6-k}$ と計算しなければ、$2^{6-k}$ の部分が抜け落ちます。 同様に $b = -3$ の負号も $(−3)^k$ として残す必要があります。

🔬 深掘り:二項級数 ── $n$ が整数でないとき

ニュートンは二項定理を $n$ が分数や負の数の場合に拡張しました。 たとえば $(1+x)^{1/2} = 1 + \frac{1}{2}x - \frac{1}{8}x^2 + \cdots$($|x| < 1$ のとき収束)。

これは二項級数(一般化二項定理)と呼ばれ、$\sqrt{1+x}$ の近似計算など、 物理学や工学で広く使われています。高校の二項定理は、$n$ が正の整数の場合に限定した特殊ケースです。

4二項係数の性質 ─ パスカルの三角形の秘密

二項定理から、二項係数 $_nC_k$ に関するさまざまな等式が導けます。 これらは入試でも頻出です。

$a = b = 1$ を代入する

$(a+b)^n = \sum_{k=0}^{n} {}_nC_k \, a^{n-k}b^k$ で $a = b = 1$ とすると

$$2^n = {}_nC_0 + {}_nC_1 + {}_nC_2 + \cdots + {}_nC_n$$

つまり、二項係数の総和は $2^n$ です。 パスカルの三角形の各行の数の合計が $1, 2, 4, 8, 16, \ldots$ と2倍ずつになる理由が、ここにあります。

$a = 1$, $b = -1$ を代入する

$a = 1$, $b = -1$ を代入すると

$$0 = {}_nC_0 - {}_nC_1 + {}_nC_2 - {}_nC_3 + \cdots + (-1)^n {}_nC_n$$

よって 「偶数番目の二項係数の和」=「奇数番目の二項係数の和」= $2^{n-1}$

📐 二項係数の重要な性質

(1) ${}_nC_0 + {}_nC_1 + {}_nC_2 + \cdots + {}_nC_n = 2^n$

(2) ${}_nC_0 - {}_nC_1 + {}_nC_2 - \cdots + (-1)^n {}_nC_n = 0$

(3) ${}_nC_k = {}_nC_{n-k}$(対称性)

(4) ${}_nC_k = {}_{n-1}C_{k-1} + {}_{n-1}C_k$(パスカルの等式)

⚠️ 落とし穴:代入法で何を代入すべきか迷う

二項係数の等式を証明するときは、$(1+x)^n$ に適切な $x$ を代入するのが基本戦略です。

✕ 誤:「証明せよ」と言われて、左辺と右辺をそれぞれ計算しようとする

○ 正:$(1+x)^n = \sum {}_nC_k x^k$ に $x = 1, -1, 2, \ldots$ などを代入して等式を導く

さらに、両辺を $x$ で微分してから代入する手法も有効です(次の記事で詳しく扱います)。

🔬 深掘り:二項係数と組合せ論の世界

二項係数 $_nC_k$ は数学のあらゆる分野に登場します。 確率論では事象の場合の数として、統計学では二項分布のパラメータとして、 代数学では多項式環の基底として。

組合せ論(combinatorics)という数学の一分野は、まさにこの「数え上げの数学」を研究するものです。 二項定理は組合せ論の最も基本的な定理の1つであり、ここから始まる世界は驚くほど広大です。

5俯瞰マップ ─ 二項定理のつながり

  • ← II-1-1 3次式の展開と因数分解:$(a+b)^3$ の展開は二項定理の $n=3$ の場合。係数 $1, 3, 3, 1$ は $_3C_0, {}_3C_1, {}_3C_2, {}_3C_3$。
  • → II-1-3 二項定理の応用:係数の決定、整数問題への応用、微分との組み合わせを扱う。
  • → 数学A 組合せ:二項係数 $_nC_k$ は組合せの数そのもの。確率計算の基礎。
  • → 数学B 数列:二項係数の和・パスカルの等式は数列の漸化式と関連。
  • → 数学III 極限:$(1 + 1/n)^n$ の極限がネイピア数 $e$ を定義し、二項定理が証明の基礎になる。

📋まとめ

  • 二項定理:$(a+b)^n = \displaystyle\sum_{k=0}^{n} {}_nC_k \, a^{n-k}b^k$。係数は「$n$ 個のカッコから $b$ を $k$ 個選ぶ方法の数」
  • 一般項:${}_nC_k \, a^{n-k}b^k$。特定の項の係数を求めるとき、展開式全体を書く必要はない
  • パスカルの三角形:各行の数 = 二項係数。規則 $_nC_k = {}_{n-1}C_{k-1} + {}_{n-1}C_k$
  • 二項係数の総和:$\sum {}_nC_k = 2^n$($a = b = 1$ の代入)
  • 交互和は $0$:$\sum (-1)^k {}_nC_k = 0$($a = 1, b = -1$ の代入)
  • 二項係数の等式は「$(1+x)^n$ に具体的な値を代入する」手法で導ける

確認テスト

Q1. $(a+b)^n$ の展開式で $a^{n-k}b^k$ の係数が $_nC_k$ になる理由を一言で説明してください。

▶ クリックして解答を表示$n$ 個のカッコのうち $k$ 個から $b$ を選ぶ方法が $_nC_k$ 通りだから。

Q2. $(x+1)^7$ の展開式で $x^5$ の項の係数を求めてください。

▶ クリックして解答を表示一般項:${}_7C_k x^{7-k} \cdot 1^k$。$x^5$ は $7-k = 5$ より $k = 2$。${}_7C_2 = 21$。

Q3. $_5C_0 + {}_5C_1 + {}_5C_2 + {}_5C_3 + {}_5C_4 + {}_5C_5$ の値を求めてください。

▶ クリックして解答を表示二項係数の総和 $= 2^5 = 32$。

Q4. パスカルの等式 $_nC_k = {}_{n-1}C_{k-1} + {}_{n-1}C_k$ の意味を、組合せの言葉で説明してください。

▶ クリックして解答を表示$n$ 個から $k$ 個選ぶとき、特定の1個に着目して「それを選ぶ場合(${}_{n-1}C_{k-1}$)」と「選ばない場合(${}_{n-1}C_k$)」に分けたもの。

Q5. $(3x - 2)^4$ の展開式で $x^2$ の項の係数を求めてください。

▶ クリックして解答を表示一般項:${}_4C_k (3x)^{4-k}(-2)^k$。$x^2$ は $4-k = 2$ より $k = 2$。${}_4C_2 \cdot 3^2 \cdot (-2)^2 = 6 \cdot 9 \cdot 4 = 216$。

8入試問題演習

この記事で学んだ内容を、入試形式の問題で確認しましょう。

A 基礎レベル

II-1-2-1 A 基礎 二項定理 一般項

$(x + 3)^6$ の展開式で $x^4$ の項の係数を求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

$135$

解説

一般項:${}_6C_k \cdot x^{6-k} \cdot 3^k$。$x^4$ は $6 - k = 4$ より $k = 2$。

${}_6C_2 \cdot 3^2 = 15 \cdot 9 = 135$

B 標準レベル

II-1-2-2 B 標準 二項定理 定数項

$\left(x^2 - \dfrac{2}{x}\right)^6$ の展開式の定数項を求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

$240$

解説

方針:一般項を求めて $x$ の次数が $0$ になる $k$ を見つける。

一般項:${}_6C_k (x^2)^{6-k} \left(-\dfrac{2}{x}\right)^k = {}_6C_k \cdot (-2)^k \cdot x^{2(6-k)-k}$

$x$ の次数:$12 - 2k - k = 12 - 3k$

定数項は $12 - 3k = 0$ より $k = 4$。

${}_6C_4 \cdot (-2)^4 = 15 \cdot 16 = 240$

採点ポイント
  • 一般項の正しい設定(3点)
  • $x$ の次数を正しく計算(3点)
  • $k = 4$ の特定と計算(4点)
II-1-2-3 B 標準 二項係数 等式の証明

$n$ が正の整数のとき、次の等式を証明せよ。

$${}_nC_1 + 2 \cdot {}_nC_2 + 3 \cdot {}_nC_3 + \cdots + n \cdot {}_nC_n = n \cdot 2^{n-1}$$

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

下記の解説を参照。

解説

方針:$(1+x)^n$ を $x$ で微分してから $x = 1$ を代入する。

$(1+x)^n = \displaystyle\sum_{k=0}^{n} {}_nC_k x^k$ の両辺を $x$ で微分すると

$n(1+x)^{n-1} = \displaystyle\sum_{k=1}^{n} k \cdot {}_nC_k \, x^{k-1}$

$x = 1$ を代入すると

$n \cdot 2^{n-1} = \displaystyle\sum_{k=1}^{n} k \cdot {}_nC_k = {}_nC_1 + 2 \cdot {}_nC_2 + \cdots + n \cdot {}_nC_n$ □

採点ポイント
  • 二項定理を正しく書く(2点)
  • 微分の実行が正しい(3点)
  • $x = 1$ の代入と結論(3点)
  • 論述の整合性(2点)

C 発展レベル

II-1-2-4 C 発展 二項定理 整数 論述

$21^{10}$ を $400$ で割った余りを求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

$1$

解説

方針:$21 = 1 + 20$ として二項定理を適用し、$400 = 20^2$ で割った余りに着目。

$21^{10} = (1 + 20)^{10} = \displaystyle\sum_{k=0}^{10} {}_{10}C_k \cdot 20^k$

$k \geq 2$ の項は $20^2 = 400$ の倍数なので、$400$ で割った余りに影響しない。

$k = 0$:${}_{10}C_0 \cdot 20^0 = 1$

$k = 1$:${}_{10}C_1 \cdot 20^1 = 200$

$21^{10} \equiv 1 + 200 = 201 \pmod{400}$

$201$ は $400$ より小さいので、余りは $201$。

⚠️ 訂正:上の計算を確認。$21^{10} = (1+20)^{10}$。$k=0$: $1$, $k=1$: $200$。合計 $201$。残りの項はすべて $20^2 = 400$ の倍数。よって余りは $\boxed{201}$。

採点ポイント
  • $21 = 1 + 20$ と分解する着想(3点)
  • $k \geq 2$ の項が $400$ の倍数であることの指摘(3点)
  • $k = 0, 1$ の項の計算(2点)
  • 最終答案の正しさ(2点)