第7章「ベクトル」の締めくくりとして、平面ベクトルと空間ベクトルを横断する総合問題に取り組みます。入試大問形式の問題を通じて、ベクトル全体の知識を有機的に結びつけ、実戦力を完成させましょう。問題を解く前に「何を使うか」「どう設計するか」を考える姿勢が重要です。
第7章を通じて、ベクトルに関する多くの概念と技法を学んできました。ここで全体像を整理し、各テーマ間のつながりを確認します。
| テーマ | 核となる概念 | 主な応用 |
|---|---|---|
| ベクトルの演算 | 加法・スカラー倍・分解 | 位置ベクトル、内分・外分 |
| 内積 | $\vec{a} \cdot \vec{b} = |\vec{a}||\vec{b}|\cos\theta$ | 角度、垂直判定、正射影 |
| 直線のベクトル方程式 | パラメータ表示、法線ベクトル | 交点、距離、対称点 |
| 三角形・多角形 | 重心、面積、共線・共点 | メネラウス・チェバの定理 |
| テーマ | 核となる概念 | 主な応用 |
|---|---|---|
| 空間の基底 | 1次独立な3ベクトル | 空間の全ベクトルの表現 |
| 平面・直線 | パラメータ表示、法線ベクトル | 交点、交線、距離 |
| 計量 | 正射影、内積の応用 | 点と平面の距離、体積 |
| 球面 | $|\vec{p} - \vec{c}|^2 = r^2$ | 外接球、球面と平面の交わり |
柱1:線形結合 ── 全てのベクトルは基底の線形結合で表される。位置ベクトルも面積も体積も、線形結合の係数で記述される。
柱2:内積 ── 角度、距離、垂直判定、正射影はすべて内積から導かれる。ベクトルの「計量的」な側面の核。
柱3:パラメータ表示 ── 直線・平面・曲線を統一的に記述し、交点や軌跡の問題を方程式に帰着させる。
入試で特に出題頻度の高い平面ベクトルの技法を確認し、「いつ使うか」を整理します。
三角形 $OAB$ の面積を $S$ とするとき、内部の点 $P$ が $\overrightarrow{OP} = s\vec{a} + t\vec{b}$($s + t \le 1$, $s \ge 0$, $t \ge 0$)と表されるなら:
$$\frac{S_{\triangle OPB}}{S_{\triangle OAB}} = s, \quad \frac{S_{\triangle OPA}}{S_{\triangle OAB}} = t, \quad \frac{S_{\triangle PAB}}{S_{\triangle OAB}} = 1 - s - t$$
$\overrightarrow{OP} = s\overrightarrow{OA} + t\overrightarrow{OB}$ のとき、各三角形の面積比は直接 $s, t, 1-s-t$ で読み取れます。
※ この関係は重心座標(barycentric coordinates)と呼ばれ、大学の射影幾何学で一般化されます。
✗ 誤:$\overrightarrow{OP} = 2\vec{a} + 3\vec{b}$ で面積比を $2:3$ と読む
○ 正:$s + t = 5 \neq 1$ なので、そもそも $P$ は三角形 $OAB$ の外部にある。面積比の公式は $s + t \le 1$ が前提
位置ベクトルの係数から面積比を読むには、始点を含む三角形で $s + t \le 1$ であることを確認しましょう。
内積は「角度の情報を引き出す」道具ですが、入試では多様な場面で登場します。
✗ 誤:$|\vec{a} + \vec{b}|^2 = |\vec{a}|^2 + |\vec{b}|^2$ とする(内積の項を落とす)
○ 正:$|\vec{a} + \vec{b}|^2 = |\vec{a}|^2 + 2\vec{a} \cdot \vec{b} + |\vec{b}|^2$(中央の項を忘れない)
これは $(a + b)^2 = a^2 + 2ab + b^2$ のベクトル版です。内積の項を落とすミスは非常に多いので注意してください。
大学数学では、関数の空間にも内積を定義します。例えば $\langle f, g \rangle = \int_0^{2\pi} f(x)g(x)\,dx$ として、$\sin x$ と $\cos x$ の「直交性」$\langle \sin x, \cos x \rangle = 0$ が示されます。フーリエ解析はこの「関数の内積」に基づく理論であり、音声処理・画像圧縮・信号処理など現代技術の基盤です。
空間ベクトル特有の技法と、それが使われる典型的な場面を整理します。
点 $P$ が3点 $A, B, C$ を通る平面上にある条件は、次の3つの同値な形で表されます:
空間の点は3つの独立なパラメータ($x, y, z$ や $s, t, u$)で指定されますが、平面上の点は $s + t + u = 1$ という1つの束縛条件があるため自由度が $3 - 1 = 2$ です。この「自由度の数え方」は、空間ベクトルの問題を見通しよく解く鍵です。
方法1:底面積 $\times$ 高さ
$$V = \frac{1}{3}Sh = \frac{1}{3} \cdot \frac{1}{2}\sqrt{|\vec{a}|^2|\vec{b}|^2 - (\vec{a} \cdot \vec{b})^2} \cdot h$$
方法2:スカラー三重積(外積を使う場合)
$$V = \frac{1}{6}|(\vec{a} \times \vec{b}) \cdot \vec{c}|$$
※ 方法1は高校範囲、方法2は外積が必要ですが計算が速いです。
✗ 誤:四面体の体積を $\dfrac{1}{2}Sh$ で計算する
○ 正:四面体(三角錐)の体積は $V = \dfrac{1}{3}Sh$。$\dfrac{1}{2}$ は三角形の面積で使うもの
$\dfrac{1}{2}$ と $\dfrac{1}{3}$ を取り違えるミスは非常に多いです。「底面が三角形」→ 面積に $\dfrac{1}{2}$、「錐体」→ 体積に $\dfrac{1}{3}$ と整理しましょう。
$n$ 次元の「単体」(三角形の一般化)の体積は、$n$ 本の辺ベクトルを並べた行列式の $\dfrac{1}{n!}$ に等しくなります。2次元で $\dfrac{1}{2!} = \dfrac{1}{2}$(三角形)、3次元で $\dfrac{1}{3!} = \dfrac{1}{6}$(四面体、$\times 2$ して $\dfrac{1}{3}$ は底面が三角形であることと整合)。この美しいパターンは多変数積分(ヤコビアン)に直結します。
入試本番で最も重要なのは、問題を読んだ後の解法設計です。ベクトルの問題に対する設計のフローチャートを整理します。
Step 1:問題を分類する
→ 位置(交点・共線・共面)か、計量(距離・角度・面積・体積)か、軌跡か
Step 2:始点と基底を決める
→ 対称性を利用できる始点を選ぶ。内積が簡単になる基底を選ぶ
Step 3:既知の情報を内積で整理する
→ $|\vec{a}|, |\vec{b}|, \vec{a} \cdot \vec{b}$ の一覧表を作る
Step 4:条件をベクトルの式に翻訳する
→ 垂直 $\to$ 内積 $= 0$、同一平面 $\to$ 係数の和 $= 1$、等距離 $\to$ 大きさの2乗が等しい
Step 5:連立方程式を解く
→ パラメータの値を求め、元の問題の答えに戻す
空間ベクトルの問題では、$\vec{a} \cdot \vec{a}$, $\vec{a} \cdot \vec{b}$, $\vec{a} \cdot \vec{c}$, $\vec{b} \cdot \vec{b}$, $\vec{b} \cdot \vec{c}$, $\vec{c} \cdot \vec{c}$ の6つの値を最初に計算して表にまとめましょう。この表があれば、以降のすべての計算がこの表の参照だけで進みます。
入試本番では時間配分が合否を分けます。ベクトルの大問に対する目安は以下の通りです。
✗ 誤:計算が合っているはずだから検算はスキップ
○ 正:簡単な検算(特殊な場合の確認、次元チェック、対称性の確認)は必ず行う
例えば正四面体の問題なら、答えが $a, b, c$ について対称であるはずです。もし非対称な答えが出たら計算ミスの可能性が高いです。
第7章の学びを振り返りながら、ベクトルが大学以降の数学・科学にどうつながるかを展望します。
大学1年で学ぶ線形代数は、ベクトルの理論を一般の $n$ 次元に拡張したものです。高校で2次元・3次元の具体的なベクトルを扱った経験は、線形代数を学ぶ際の直観の源泉になります。
曲線や曲面の性質を微積分とベクトルで調べる分野が微分幾何学です。接線ベクトル、法線ベクトル、曲率といった概念が中心であり、アインシュタインの一般相対性理論の数学的基盤です。
力、速度、加速度、電場、磁場はすべてベクトルです。物理学の基本法則(ニュートンの運動方程式、マクスウェル方程式、シュレーディンガー方程式)はベクトルと微積分の言葉で書かれています。
ベクトルは数学の一分野にとどまらず、物理学・工学・情報科学・経済学を横断する科学の共通言語です。高校で身につけたベクトルの感覚は、大学以降のあらゆる学問で活きてきます。第7章で学んだことに自信を持って、次のステップに進みましょう。
現代のデータサイエンスや機械学習では、データを高次元ベクトルとして扱います。例えばテキストデータは数百次元のベクトル(単語の出現頻度)に変換され、2つの文書の類似度は「ベクトルの内積(コサイン類似度)」で測定されます。検索エンジンやレコメンドシステムの基盤技術であり、高校のベクトルの直接的な応用です。
Q1. $\overrightarrow{OP} = \dfrac{1}{3}\vec{a} + \dfrac{1}{4}\vec{b}$ のとき、$\triangle OPB$ の面積は $\triangle OAB$ の何倍?
Q2. 空間で $\overrightarrow{OP} = s\vec{a} + t\vec{b} + u\vec{c}$($s + t + u = 1$)が表す図形は?
Q3. $|\vec{a} + \vec{b}|^2$ を展開せよ。
Q4. 四面体の体積公式 $V = \dfrac{1}{3}Sh$ の $S$ は何の面積?
Q5. 正四面体の問題で、答えが $\vec{a}, \vec{b}, \vec{c}$ について非対称になった場合、何を疑うべき?
三角形 $ABC$ において $AB = 5$, $BC = 6$, $CA = 7$ とする。$\overrightarrow{AB} = \vec{b}$, $\overrightarrow{AC} = \vec{c}$ とおくとき、
(1) $\vec{b} \cdot \vec{c}$ を求めよ。
(2) 三角形 $ABC$ の面積を求めよ。
(1) $|\vec{b}| = 5$, $|\vec{c}| = 7$, $|\vec{c} - \vec{b}| = BC = 6$
$|\vec{c} - \vec{b}|^2 = |\vec{c}|^2 - 2\vec{b} \cdot \vec{c} + |\vec{b}|^2$
$36 = 49 - 2\vec{b} \cdot \vec{c} + 25$
$2\vec{b} \cdot \vec{c} = 38$ より $\vec{b} \cdot \vec{c} = 19$
(2)
$S = \dfrac{1}{2}\sqrt{|\vec{b}|^2|\vec{c}|^2 - (\vec{b} \cdot \vec{c})^2} = \dfrac{1}{2}\sqrt{25 \cdot 49 - 361} = \dfrac{1}{2}\sqrt{1225 - 361} = \dfrac{1}{2}\sqrt{864}$
$\sqrt{864} = \sqrt{144 \cdot 6} = 12\sqrt{6}$
$$S = 6\sqrt{6}$$
四面体 $OABC$ で $OA = OB = OC = 3$, $AB = BC = CA = 2\sqrt{3}$ とする。
(1) $\vec{a} \cdot \vec{b}$, $\vec{b} \cdot \vec{c}$, $\vec{c} \cdot \vec{a}$ を求めよ。
(2) 頂点 $O$ から平面 $ABC$ に下ろした垂線の足 $H$ の位置ベクトルを求めよ。
(3) 四面体 $OABC$ の体積を求めよ。
(1) $|\vec{a}| = |\vec{b}| = |\vec{c}| = 3$, $|\vec{b} - \vec{a}| = 2\sqrt{3}$ より:
$|\vec{b} - \vec{a}|^2 = |\vec{b}|^2 - 2\vec{a} \cdot \vec{b} + |\vec{a}|^2 = 9 - 2\vec{a} \cdot \vec{b} + 9 = 12$
$\vec{a} \cdot \vec{b} = 3$。対称性より $\vec{b} \cdot \vec{c} = \vec{c} \cdot \vec{a} = 3$
(2) 対称性(内積がすべて等しい)から $\overrightarrow{OH} = k(\vec{a} + \vec{b} + \vec{c})$($3k = 1$ より $k = \dfrac{1}{3}$)
検算:$\overrightarrow{OH} \cdot (\vec{b} - \vec{a}) = \dfrac{1}{3}(\vec{a} + \vec{b} + \vec{c}) \cdot (\vec{b} - \vec{a}) = \dfrac{1}{3}(\vec{a} \cdot \vec{b} - |\vec{a}|^2 + |\vec{b}|^2 - \vec{a} \cdot \vec{b} + \vec{c} \cdot \vec{b} - \vec{c} \cdot \vec{a})$
$= \dfrac{1}{3}(3 - 9 + 9 - 3 + 3 - 3) = 0$ ✓
$$\overrightarrow{OH} = \frac{1}{3}(\vec{a} + \vec{b} + \vec{c})$$
(3) $OH^2 = \dfrac{1}{9}(3 \cdot 9 + 6 \cdot 3) = \dfrac{1}{9}(27 + 18) = 5$ より $OH = \sqrt{5}$
底面 $\triangle ABC$ は1辺 $2\sqrt{3}$ の正三角形。面積 $S = \dfrac{\sqrt{3}}{4}(2\sqrt{3})^2 = 3\sqrt{3}$
$$V = \frac{1}{3}Sh = \frac{1}{3} \cdot 3\sqrt{3} \cdot \sqrt{5} = \sqrt{15}$$
$\overrightarrow{OA} = \vec{a}$, $\overrightarrow{OB} = \vec{b}$ とし、$|\vec{a}| = 3$, $|\vec{b}| = 2$, $\vec{a} \cdot \vec{b} = 4$ とする。点 $P$ が $\overrightarrow{OP} = s\vec{a} + t\vec{b}$($s^2 + t^2 = 1$)を満たしながら動くとき、$|\overrightarrow{OP}|^2$ の最大値と最小値を求めよ。
$|\overrightarrow{OP}|^2 = |s\vec{a} + t\vec{b}|^2 = s^2|\vec{a}|^2 + 2st\vec{a} \cdot \vec{b} + t^2|\vec{b}|^2$
$= 9s^2 + 8st + 4t^2$
$s^2 + t^2 = 1$ より $s = \cos\phi$, $t = \sin\phi$ とおくと:
$= 9\cos^2\phi + 8\cos\phi\sin\phi + 4\sin^2\phi$
$= \dfrac{9(1 + \cos 2\phi)}{2} + 4\sin 2\phi + \dfrac{4(1 - \cos 2\phi)}{2}$
$= \dfrac{13}{2} + \dfrac{5}{2}\cos 2\phi + 4\sin 2\phi$
$\dfrac{5}{2}\cos 2\phi + 4\sin 2\phi$ の最大値は $\sqrt{\dfrac{25}{4} + 16} = \sqrt{\dfrac{89}{4}} = \dfrac{\sqrt{89}}{2}$
最大値:$\dfrac{13}{2} + \dfrac{\sqrt{89}}{2} = \dfrac{13 + \sqrt{89}}{2}$
最小値:$\dfrac{13}{2} - \dfrac{\sqrt{89}}{2} = \dfrac{13 - \sqrt{89}}{2}$
$s^2 + t^2 = 1$ という条件は「パラメータ空間での単位円」を意味します。$s = \cos\phi$, $t = \sin\phi$ と置換することで、三角関数の最大最小問題に帰着させました。この手法は「2次形式の固有値問題」の高校版であり、大学の線形代数で体系的に学びます。
1辺の長さが $2$ の正四面体 $OABC$ において、辺 $OA$ 上の点 $P$, 辺 $BC$ 上の点 $Q$ を $|PQ|$ が最小になるようにとる。
(1) $\overrightarrow{OP} = p\vec{a}$($0 \le p \le 1$), $\overrightarrow{OQ} = (1-q)\vec{b} + q\vec{c}$($0 \le q \le 1$)とおき、$|PQ|^2$ を $p, q$ で表せ。
(2) $|PQ|^2$ を最小にする $p, q$ の値を求めよ。
(3) $|PQ|$ の最小値を求めよ。
正四面体より $|\vec{a}| = |\vec{b}| = |\vec{c}| = 2$, $\vec{a} \cdot \vec{b} = \vec{b} \cdot \vec{c} = \vec{c} \cdot \vec{a} = 2$
(1) $\overrightarrow{PQ} = \overrightarrow{OQ} - \overrightarrow{OP} = (1-q)\vec{b} + q\vec{c} - p\vec{a}$
$|PQ|^2 = p^2|\vec{a}|^2 + (1-q)^2|\vec{b}|^2 + q^2|\vec{c}|^2 - 2p(1-q)\vec{a} \cdot \vec{b} - 2pq\vec{a} \cdot \vec{c} + 2q(1-q)\vec{b} \cdot \vec{c}$
$= 4p^2 + 4(1-q)^2 + 4q^2 - 4p(1-q) - 4pq + 4q(1-q)$
$= 4p^2 + 4(1 - 2q + q^2) + 4q^2 - 4p + 4pq - 4pq + 4q - 4q^2$
$= 4p^2 + 4 - 8q + 4q^2 + 4q^2 - 4p + 4q - 4q^2$
$= 4p^2 - 4p + 4q^2 - 4q + 4$
$= 4(p^2 - p) + 4(q^2 - q) + 4$
$= 4\left(p - \dfrac{1}{2}\right)^2 + 4\left(q - \dfrac{1}{2}\right)^2 + 2$
(2) $p = \dfrac{1}{2}$, $q = \dfrac{1}{2}$ のとき最小。
(3) $|PQ|^2_{\min} = 2$ より $|PQ|_{\min} = \sqrt{2}$
$P$ は辺 $OA$ の中点、$Q$ は辺 $BC$ の中点です。
正四面体の対辺 $OA$ と $BC$ は直交しています($\vec{a} \cdot (\vec{c} - \vec{b}) = 2 - 2 = 0$)。対辺が直交するとき、最短距離を実現する点は各辺の中点になります。これは正四面体の美しい対称性の帰結であり、$|PQ|^2$ が $p$ と $q$ について独立に平方完成できることからも確認できます。最小値 $\sqrt{2}$ は前の記事で求めた対辺間距離 $\dfrac{a\sqrt{2}}{2}$ に $a = 2$ を代入した結果と一致します。