第9章 統計的な推測

確率変数の期待値
─ 平均値を確率で計算する

確率変数の「平均的な値」を表す期待値(平均)は、統計的な推測の中核となる概念です。サイコロの目の平均、くじ引きの平均賞金額など、確率分布から計算する方法と期待値の重要な性質(線形性)を学びましょう。

1期待値の定義

前の記事で学んだ確率分布を使って、確率変数の「平均的にどのくらいの値をとるか」を数値化します。これが期待値(きたいち)です。英語では Expected Value といい、$E(X)$ と表記します。

📐 期待値の定義

確率変数 $X$ のとりうる値が $x_1, x_2, \ldots, x_n$ で、それぞれの確率が $p_1, p_2, \ldots, p_n$ のとき:

$$E(X) = \sum_{i=1}^{n} x_i p_i = x_1 p_1 + x_2 p_2 + \cdots + x_n p_n$$

※ 期待値は $\mu$(ミュー)とも書きます。$E(X) = \mu$ です。

📌 期待値の意味

期待値は「同じ試行を非常に多く繰り返したとき、確率変数の値の平均がだいたいこの値に近づく」という意味を持ちます。

例えば、サイコロを100万回投げたとき、出た目の平均は $3.5$ に非常に近くなります。この $3.5$ がサイコロの目の期待値です。

💡 「期待値」と「平均値」の関係

データの平均値は「実際のデータを合計して個数で割る」ものです。一方、期待値は「確率を重みとした加重平均」です。

データの平均値:$\bar{x} = \dfrac{x_1 + x_2 + \cdots + x_n}{n}$

期待値:$E(X) = x_1 p_1 + x_2 p_2 + \cdots + x_n p_n$

データ数が十分大きくなると、データの平均値は期待値に近づきます(大数の法則)。

2期待値の計算方法

定義に従って、確率分布表から期待値を計算する練習をしましょう。

📝 例題:サイコロの目の期待値

問題:1個のサイコロを投げるとき、出る目の数 $X$ の期待値を求めよ。

解:確率分布表より:

$X$ $1$ $2$ $3$ $4$ $5$ $6$
$P$ $\frac{1}{6}$ $\frac{1}{6}$ $\frac{1}{6}$ $\frac{1}{6}$ $\frac{1}{6}$ $\frac{1}{6}$

$$E(X) = 1 \cdot \frac{1}{6} + 2 \cdot \frac{1}{6} + 3 \cdot \frac{1}{6} + 4 \cdot \frac{1}{6} + 5 \cdot \frac{1}{6} + 6 \cdot \frac{1}{6}$$

$$= \frac{1+2+3+4+5+6}{6} = \frac{21}{6} = \frac{7}{2} = 3.5$$

📝 例題:コイン2枚の期待値

問題:2枚のコインを同時に投げるとき、表が出る枚数 $X$ の期待値を求めよ。

解:確率分布表より:

$X$ $0$ $1$ $2$
$P$ $\frac{1}{4}$ $\frac{1}{2}$ $\frac{1}{4}$

$$E(X) = 0 \cdot \frac{1}{4} + 1 \cdot \frac{1}{2} + 2 \cdot \frac{1}{4} = 0 + \frac{1}{2} + \frac{1}{2} = 1$$

2枚のコインを投げると、平均して1枚が表になることがわかります。

📝 例題:くじ引きの期待値

問題:1本200円のくじで、1等(1000円)が1本、2等(500円)が2本、はずれが7本の計10本ある。1本引いたときの賞金額の期待値を求め、このくじは得か損か判断せよ。

解:賞金額 $X$ の確率分布:

$X$(円) $0$ $500$ $1000$
$P$ $\frac{7}{10}$ $\frac{2}{10}$ $\frac{1}{10}$

$$E(X) = 0 \times \frac{7}{10} + 500 \times \frac{2}{10} + 1000 \times \frac{1}{10} = 0 + 100 + 100 = 200 \text{(円)}$$

期待値が200円でくじの値段も200円なので、平均的には損も得もしません(公正なくじ)。

⚠️ 期待値の計算で注意すること

✗ 期待値を計算するとき $x_i$ だけを足して値の個数で割る(データの平均のやり方)

✓ 期待値は $x_i \times p_i$ の和。各値に「その値をとる確率」を掛けてから足す

確率が均等でない場合は、単純な算術平均では正しい結果が得られません。

3期待値の性質(線形性)

期待値には非常に便利な性質があります。特に線形性は計算を大幅に簡単にする重要な性質です。

📐 期待値の線形性

確率変数 $X$ と定数 $a, b$ について:

$$E(aX + b) = aE(X) + b$$

特に:

(1) $E(aX) = aE(X)$(定数倍を外に出せる)

(2) $E(X + b) = E(X) + b$(定数の加算はそのまま)

(3) $E(b) = b$(定数の期待値は定数そのもの)

📝 期待値の線形性の証明

$Y = aX + b$ とおく。$X = x_i$ のとき $Y = ax_i + b$ であり、$P(Y = ax_i + b) = p_i$ です。

$$E(Y) = \sum_{i=1}^{n} (ax_i + b) p_i = \sum_{i=1}^{n} ax_i p_i + \sum_{i=1}^{n} bp_i$$

$$= a\sum_{i=1}^{n} x_i p_i + b\sum_{i=1}^{n} p_i = aE(X) + b \cdot 1 = aE(X) + b$$

ここで $\sum p_i = 1$(確率の総和)を使いました。 $\square$

📝 例題:線形性の利用

問題:サイコロの目 $X$ について、$Y = 2X - 1$ の期待値を求めよ。

解:$E(X) = 3.5$ なので、線形性より:

$$E(Y) = E(2X - 1) = 2E(X) - 1 = 2 \times 3.5 - 1 = 6$$

確率分布表を作り直さなくても、$E(X)$ さえわかれば一瞬で計算できます。

📌 線形性が使える場面

「テストの点数を2倍にして10点加算した得点の平均は?」のような問題では、線形性を使うと効率的です。

元のテストの平均点が $E(X) = 60$ 点のとき、$Y = 2X + 10$ の平均は:

$$E(Y) = 2 \times 60 + 10 = 130 \text{(点)}$$

4関数の期待値

確率変数 $X$ の関数 $g(X)$ の期待値を求める方法を学びましょう。

📐 関数の期待値

確率変数 $X$ の関数 $g(X)$ の期待値は:

$$E(g(X)) = \sum_{i=1}^{n} g(x_i) \, p_i$$

※ $g(X)$ の確率分布表を作らなくても、$X$ の確率分布表から直接計算できます。

📝 例題:$E(X^2)$ の計算

問題:1個のサイコロを投げるとき、出る目 $X$ について $E(X^2)$ を求めよ。

解:

$$E(X^2) = 1^2 \cdot \frac{1}{6} + 2^2 \cdot \frac{1}{6} + 3^2 \cdot \frac{1}{6} + 4^2 \cdot \frac{1}{6} + 5^2 \cdot \frac{1}{6} + 6^2 \cdot \frac{1}{6}$$

$$= \frac{1 + 4 + 9 + 16 + 25 + 36}{6} = \frac{91}{6}$$

⚠️ $E(X^2)$ と $\{E(X)\}^2$ は違う!

✗ $E(X^2) = \{E(X)\}^2$ と思い込む

✓ 一般に $E(X^2) \neq \{E(X)\}^2$ である

上の例では $E(X^2) = \dfrac{91}{6} \approx 15.17$ ですが、$\{E(X)\}^2 = 3.5^2 = 12.25$ です。

この差 $E(X^2) - \{E(X)\}^2$ は次の記事で学ぶ分散になります。

💡 $E(X^2)$ を求める理由

$E(X^2)$ は次の記事で学ぶ分散の計算で必ず使います。分散の公式は:

$$V(X) = E(X^2) - \{E(X)\}^2$$

そのため、期待値を学ぶこの段階で $E(X^2)$ の計算に慣れておくことが重要です。

5期待値の応用

期待値は確率の理論にとどまらず、日常的な意思決定にも使われる概念です。

📝 例題:期待値による意思決定

問題:あるゲームでは、参加費500円を払ってサイコロを1回振る。出た目の100倍の金額がもらえる。このゲームに参加すべきか。

解:もらえる金額 $X$ の期待値を求めます。

$X$ のとりうる値は $100, 200, 300, 400, 500, 600$ 円(各確率 $\dfrac{1}{6}$)。

$$E(X) = \frac{100 + 200 + 300 + 400 + 500 + 600}{6} = \frac{2100}{6} = 350 \text{(円)}$$

平均的にもらえる金額は350円で、参加費500円より少ない。よって、期待値の観点からは参加すべきではありません。

平均的な損失:$350 - 500 = -150$ 円

📝 例題:確率に文字を含む期待値

問題:確率変数 $X$ の確率分布が次の表で与えられるとき、$E(X) = 2$ となる $a$ の値を求めよ。

$X$ $0$ $1$ $2$ $3$
$P$ $a$ $a$ $2a$ $1-4a$

解:まず確率の条件を確認:$a + a + 2a + (1-4a) = 1$ ✓(常に成立)

各確率が0以上なので:$a \geq 0$ かつ $1 - 4a \geq 0$ より $0 \leq a \leq \dfrac{1}{4}$

期待値の条件:

$$E(X) = 0 \cdot a + 1 \cdot a + 2 \cdot 2a + 3 \cdot (1-4a) = a + 4a + 3 - 12a = 3 - 7a$$

$E(X) = 2$ より $3 - 7a = 2$、$a = \dfrac{1}{7}$

$0 \leq \dfrac{1}{7} \leq \dfrac{1}{4}$ なので条件を満たす。 $\therefore \; a = \dfrac{1}{7}$

📌 期待値のまとめ

計算:$E(X) = \sum x_i p_i$(値 $\times$ 確率の和)

線形性:$E(aX + b) = aE(X) + b$(最も重要な性質)

関数の期待値:$E(g(X)) = \sum g(x_i) p_i$

注意:一般に $E(X^2) \neq \{E(X)\}^2$

📐 次の記事への橋渡し

期待値は確率変数の「中心」を表しますが、値がどれくらい散らばっているかは分かりません。次の記事では、散らばりの指標である分散標準偏差を学びます。

$$V(X) = E\!\left[(X - \mu)^2\right] = E(X^2) - \{E(X)\}^2$$

※ 分散・標準偏差の詳しい定義と計算は次の記事で扱います。

まとめ

  • 期待値の定義 ─ $E(X) = \sum x_i p_i$。確率を重みとした加重平均で、確率変数の「中心」を表す
  • 線形性 ─ $E(aX + b) = aE(X) + b$。定数倍と加算が自由に取り出せる最重要性質
  • 関数の期待値 ─ $E(g(X)) = \sum g(x_i) p_i$。$E(X^2)$ は分散の計算に不可欠
  • 注意点 ─ $E(X^2) \neq \{E(X)\}^2$。この差が分散 $V(X)$ になる
  • 次への接続 ─ 期待値(中心)に加え、分散・標準偏差(散らばり)を学ぶことで確率変数を完全に特徴づけられる

確認テスト

Q1. 期待値 $E(X)$ の定義式を述べよ。

▶ クリックして解答を表示 $E(X) = \sum_{i=1}^{n} x_i p_i = x_1 p_1 + x_2 p_2 + \cdots + x_n p_n$(各値に確率を掛けて合計する)。

Q2. $E(X) = 5$ のとき、$E(3X + 2)$ を求めよ。

▶ クリックして解答を表示 $E(3X + 2) = 3E(X) + 2 = 3 \times 5 + 2 = 17$。

Q3. 2枚のコインを投げて、表が出た枚数 $X$ の期待値はいくつか。

▶ クリックして解答を表示 $E(X) = 0 \cdot \frac{1}{4} + 1 \cdot \frac{1}{2} + 2 \cdot \frac{1}{4} = 1$。

Q4. $E(X) = 4$, $E(X^2) = 20$ のとき、$\{E(X)\}^2$ はいくつか。また $E(X^2) - \{E(X)\}^2$ はいくつか。

▶ クリックして解答を表示 $\{E(X)\}^2 = 4^2 = 16$。$E(X^2) - \{E(X)\}^2 = 20 - 16 = 4$。(この値が分散 $V(X)$)

Q5. 定数 $c$ に対して $E(c)$ はいくつか。

▶ クリックして解答を表示 $E(c) = c$。定数の期待値はその定数自身。

入試問題演習

問題 1 A 基礎 期待値の計算

袋の中に $1, 2, 3, 4, 5$ と書かれた5枚のカードが入っている。1枚引いたとき、書かれた数 $X$ の期待値を求めよ。

解答

各カードを引く確率はすべて $\dfrac{1}{5}$ です。

$$E(X) = 1 \cdot \frac{1}{5} + 2 \cdot \frac{1}{5} + 3 \cdot \frac{1}{5} + 4 \cdot \frac{1}{5} + 5 \cdot \frac{1}{5} = \frac{1+2+3+4+5}{5} = \frac{15}{5} = 3$$

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問題 2 B 標準 期待値と線形性

1個のサイコロを投げて、出た目 $X$ に対して得点 $Y = X^2 - 2X$ を得るゲームがある。

(1) $E(X)$ と $E(X^2)$ を求めよ。

(2) $E(Y)$ を求めよ。

解答

(1) $E(X) = \dfrac{1+2+3+4+5+6}{6} = \dfrac{21}{6} = \dfrac{7}{2}$

$E(X^2) = \dfrac{1+4+9+16+25+36}{6} = \dfrac{91}{6}$

(2) $E(Y) = E(X^2 - 2X) = E(X^2) - 2E(X) = \dfrac{91}{6} - 2 \cdot \dfrac{7}{2} = \dfrac{91}{6} - 7 = \dfrac{91 - 42}{6} = \dfrac{49}{6}$

解説

$Y = X^2 - 2X$ のように $X$ の多項式で表される場合、$E(X)$ と $E(X^2)$ を使って $E(Y) = E(X^2) - 2E(X)$ と計算できます。これは期待値の線形性を活用しています。

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問題 3 B 標準 期待値の条件

確率変数 $X$ の確率分布が次の表で与えられている。$E(X) = 1$ となるように定数 $a, b$ の値を定めよ。

$X$ $-1$ $0$ $1$ $2$
$P$ $a$ $b$ $\frac{1}{4}$ $\frac{1}{4}$
解答

確率の総和:$a + b + \dfrac{1}{4} + \dfrac{1}{4} = 1$ より $a + b = \dfrac{1}{2}$ ……(i)

期待値:$E(X) = (-1) \cdot a + 0 \cdot b + 1 \cdot \dfrac{1}{4} + 2 \cdot \dfrac{1}{4} = -a + \dfrac{3}{4} = 1$

よって $a = -\dfrac{1}{4}$ ……これは $a \geq 0$ に反する。

したがって、条件を満たす $a, b$ は存在しない。

解説

確率の非負条件 $a \geq 0, b \geq 0$ を忘れると「$a = -\dfrac{1}{4}$」と答えてしまいます。確率は必ず0以上という条件を確認することが重要です。条件を満たす解が存在しない場合もあることを認識しましょう。

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問題 4 C 発展 期待値の応用

赤玉4個、白玉6個が入った袋から、1個ずつ玉を取り出す(取り出した玉は戻さない)。初めて赤玉が出るまでの取り出し回数を $X$ とする。

(1) $X = 1, 2, 3$ となる確率をそれぞれ求めよ。

(2) $P(X \leq 3)$ を求めよ。

(3) $E(X)$ を求めよ。(ヒント:$X$ は $1, 2, 3, 4, 5, 6, 7$ の値をとりうる)

解答

(1) $P(X=1) = \dfrac{4}{10} = \dfrac{2}{5}$

$P(X=2) = \dfrac{6}{10} \cdot \dfrac{4}{9} = \dfrac{24}{90} = \dfrac{4}{15}$

$P(X=3) = \dfrac{6}{10} \cdot \dfrac{5}{9} \cdot \dfrac{4}{8} = \dfrac{120}{720} = \dfrac{1}{6}$

(2) $P(X \leq 3) = \dfrac{2}{5} + \dfrac{4}{15} + \dfrac{1}{6} = \dfrac{12 + 8 + 5}{30} = \dfrac{25}{30} = \dfrac{5}{6}$

(3) 同様に計算すると:

$P(X=4) = \dfrac{6 \cdot 5 \cdot 4 \cdot 4}{10 \cdot 9 \cdot 8 \cdot 7} = \dfrac{480}{5040} = \dfrac{2}{21}$

$P(X=5) = \dfrac{6 \cdot 5 \cdot 4 \cdot 3 \cdot 4}{10 \cdot 9 \cdot 8 \cdot 7 \cdot 6} = \dfrac{1440}{30240} = \dfrac{1}{21}$

$P(X=6) = \dfrac{6 \cdot 5 \cdot 4 \cdot 3 \cdot 2 \cdot 4}{10!/(10-6)!} = \dfrac{2880}{151200} = \dfrac{1}{42} \cdot \dfrac{2880}{3600} = \dfrac{1}{42} $

$P(X=7) = \dfrac{6!/(6-6)! \cdot 4}{10!/(10-7)!} = \dfrac{6! \cdot 4}{10 \cdot 9 \cdot 8 \cdot 7 \cdot 6 \cdot 5 \cdot 4} = \dfrac{720 \cdot 4}{604800} = \dfrac{2880}{604800} = \dfrac{1}{210}$

$$E(X) = 1 \cdot \frac{2}{5} + 2 \cdot \frac{4}{15} + 3 \cdot \frac{1}{6} + 4 \cdot \frac{2}{21} + 5 \cdot \frac{1}{21} + 6 \cdot \frac{1}{42} + 7 \cdot \frac{1}{210}$$

$$= \frac{2}{5} + \frac{8}{15} + \frac{1}{2} + \frac{8}{21} + \frac{5}{21} + \frac{1}{7} + \frac{1}{30} = \frac{11}{5}$$

解説

非復元抽出(取り出した玉を戻さない)の問題です。$P(X=k)$ は「最初の $k-1$ 回がすべて白玉で、$k$ 回目に赤玉が出る」確率です。なお、一般に赤 $r$ 個、白 $w$ 個のとき $E(X) = \dfrac{r+w+1}{r+1}$ という公式があります。本問では $\dfrac{10+1}{4+1} = \dfrac{11}{5}$ と一致します。

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