多項式の展開は、分配法則さえあれば原理的にはすべて計算できます。
しかし、毎回すべて分配法則で展開するのは非効率です。乗法公式を理解すれば、展開のスピードと正確さが劇的に向上します。
多項式の積を単項式の和の形に表すことを展開といいます。 展開の基本原理は分配法則です。
$$A(B + C) = AB + AC$$たとえば $(x + 3)(x + 5)$ を展開するには、分配法則を2回使います。
$$(x + 3)(x + 5) = x(x + 5) + 3(x + 5) = x^2 + 5x + 3x + 15 = x^2 + 8x + 15$$この計算は分配法則だけで完了します。 では、なぜわざわざ「乗法公式」を覚えるのでしょうか?
理由は2つあります。第一に、計算のスピードです。 $(x + 3)(x + 5)$ のように「$x$ に何かを足したもの同士のかけ算」は数学で非常に頻繁に登場します。 毎回4つの項を書き出して同類項をまとめるのは手間がかかります。 公式を使えば、結果を一発で書き下せます。
第二に、逆方向の操作(因数分解)への布石です。 因数分解は「展開の逆再生」です。展開のパターンを頭に入れておくことで、 因数分解のときに「この式はどの公式の結果なのか」を見抜けるようになります。
乗法公式はすべて分配法則から導けます。特別な新しい法則ではありません。
頻繁に登場する展開パターンの結果をあらかじめ整理したもの ── それが乗法公式です。 公式を忘れたら、分配法則に戻れば必ず導き直せます。 「暗記」ではなく「導ける状態で覚えている」のが理想です。
✕ 誤:分配法則で毎回展開すればいいので公式は不要
○ 正:確かに分配法則だけで展開はできます。しかし、入試では時間が限られています。 さらに因数分解では、展開の「逆パターン」を素早く認識する力が必要です。 公式を覚えることは、因数分解の準備でもあるのです。
高校数学で最も頻繁に使う乗法公式は、次の4つです。 いずれも中学で一度学んでいますが、ここで原理からしっかり理解し直しましょう。
公式1:和の平方
$$(a + b)^2 = a^2 + 2ab + b^2$$
公式2:差の平方
$$(a - b)^2 = a^2 - 2ab + b^2$$
公式3:和と差の積
$$(a + b)(a - b) = a^2 - b^2$$
公式4:$(x + a)(x + b)$ の展開
$$(x + a)(x + b) = x^2 + (a + b)x + ab$$
$(a + b)^2 = (a + b)(a + b)$ です。分配法則で展開してみましょう。
$$(a + b)(a + b) = a \cdot a + a \cdot b + b \cdot a + b \cdot b = a^2 + ab + ab + b^2 = a^2 + 2ab + b^2$$$ab$ が2回出てくるのがポイントです。 「$a$ と $b$ のかけ算」が、$a$ から $b$ をかける場合と $b$ から $a$ をかける場合の2通り生じるので、 結果として $2ab$ になります。
差の平方 $(a - b)^2$ も同様に導けます。$b$ を $-b$ で置き換えるだけです。
$$(a - b)^2 = a^2 + 2 \cdot a \cdot (-b) + (-b)^2 = a^2 - 2ab + b^2$$$(a + b)^2$ を展開すると、3種類の項が現れます。
1. $a^2$ ── $a$ の2乗
2. $b^2$ ── $b$ の2乗
3. $2ab$ ── $a$ と $b$ の「交差項」(2回出現するから係数2)
$(a - b)^2$ では、交差項の符号だけがマイナスに変わります。 末尾の $b^2$ の符号は常にプラスです($(-b)^2 = b^2$ だから)。
✕ 誤:$(a - b)^2 = a^2 - b^2$
○ 正:$(a - b)^2 = a^2 - 2ab + b^2$
「2乗」を「各項を2乗するだけ」と勘違いしています。 $(a - b)^2 = (a - b)(a - b)$ であり、交差項 $-2ab$ を忘れてはいけません。
$a^2 - b^2$ は $(a + b)(a - b)$ の結果です(公式3)。混同しないよう注意しましょう。
$(a + b)(a - b)$ を分配法則で展開してみます。
$$(a + b)(a - b) = a^2 - ab + ab - b^2 = a^2 - b^2$$$-ab$ と $+ab$ が打ち消し合い、結果は $a^2 - b^2$ だけが残ります。 これが「和と差の積」の美しさです。「同じもの同士の和と差をかけると、交差項が消えて2乗の差になる」。
この公式は、$x$ の係数が $a + b$($a$ と $b$ の和)、 定数項が $ab$($a$ と $b$ の積)になるパターンです。
$$(x + a)(x + b) = x^2 + ax + bx + ab = x^2 + (a + b)x + ab$$実は、公式1〜3は公式4の特殊な場合です。 $b = a$ とすると $(x + a)(x + a) = x^2 + 2ax + a^2$(公式1)。 $b = -a$ とすると $(x + a)(x - a) = x^2 - a^2$(公式3)。 このように、4つの公式は1つの原理 ── 分配法則 ── でつながっています。
$(x + a)(x + b)$ を分配法則で展開します。
$$(x + a)(x + b) = x(x + b) + a(x + b)$$
$$= x^2 + bx + ax + ab$$
$$= x^2 + (a + b)x + ab$$
$x$ の係数は $a + b$(2つの定数の和)、定数項は $ab$(2つの定数の積)になります。 因数分解のときは、この「和と積」の関係を逆にたどります。
$(x - 3)(x + 5)$ を公式4で展開するときは、$a = -3$, $b = 5$ と考えます。
✕ 誤:$x^2 + (3 + 5)x + 3 \times 5 = x^2 + 8x + 15$($a = 3$ としてしまった)
○ 正:$x^2 + (-3 + 5)x + (-3) \times 5 = x^2 + 2x - 15$
$(x - 3)$ は $(x + (-3))$ です。公式4に代入するときは、符号ごと $a = -3$ として扱うことを忘れないでください。
$x$ の係数が1でない場合の公式もあります。
$$(ax + b)(cx + d) = acx^2 + (ad + bc)x + bd$$
$a = c = 1$ とすると公式4に一致します。 この一般化された公式は、$x$ の係数が1でない2次式を因数分解するとき(いわゆる「たすきがけ」)の基礎になります。 大学の代数学では、多項式の積をさらに一般的に扱う多項式環の理論に発展します。
乗法公式は代数的な式変形ですが、図形(面積)を使うとより直感的に理解できます。 ここでは $(a + b)^2$ と $(a + b)(a - b)$ を面積で解釈してみましょう。
1辺の長さが $(a + b)$ の正方形を考えます。この正方形の面積は $(a + b)^2$ です。
この正方形を、縦横それぞれ $a$ と $b$ の位置で区切ると、4つの長方形に分割できます。
4つの面積の合計は $a^2 + ab + ab + b^2 = a^2 + 2ab + b^2$。 全体の正方形の面積 $(a + b)^2$ と等しいので、
$$(a + b)^2 = a^2 + 2ab + b^2$$が成り立ちます。$2ab$ は「$a \times b$ の長方形が2つある」ことに対応しています。
代数的な展開では「なぜ $2ab$ が出てくるのか」がわかりにくいことがあります。 面積図を描けば、$ab$ の長方形が2つ現れることが一目でわかります。
公式を忘れたとき、面積図を頭の中に描ければ、すぐに復元できます。 代数と図形は同じことの2つの表現です。
$(a + b)(a - b) = a^2 - b^2$ は、「$a^2$ から $b^2$ を引いた面積」を意味します。
1辺 $a$ の正方形から、1辺 $b$ の正方形を切り取った図形(L字型)を考えます。 この面積は $a^2 - b^2$ です。
このL字型を、横に切って並べ替えると、縦 $(a - b)$、横 $(a + b)$ の長方形になります。 つまり $a^2 - b^2 = (a + b)(a - b)$ です。
この図形的な操作は、因数分解 $a^2 - b^2 = (a + b)(a - b)$ の「目で見える証明」でもあります。
$(a + b)^2 = a^2 + 2ab + b^2$
→ 1辺 $(a + b)$ の正方形 = $a^2$ + $b^2$ + $ab$ が2枚
$(a + b)(a - b) = a^2 - b^2$
→ 大きい正方形から小さい正方形を引く = 長方形に並べ替えられる
$(a + b)^2$ を面積(2次元)で理解したように、 $(a + b)^3$ は体積(3次元)で理解できます。
1辺 $(a + b)$ の立方体を $a$ と $b$ で区切ると、8つの直方体に分割されます。 $a^3$ が1つ、$b^3$ が1つ、$a^2b$ が3つ、$ab^2$ が3つ。 合計すると $(a + b)^3 = a^3 + 3a^2b + 3ab^2 + b^3$ となります。
この「分割して数える」発想は、大学数学の二項定理($(a + b)^n$ の一般公式)や 組合せ論(係数がなぜ $\binom{n}{k}$ になるか)につながります。
乗法公式を実際の計算で使うときのポイントは、「この式はどの公式の形か?」を見抜くことです。 ここでは、公式をスムーズに使うためのコツと、よくある計算の工夫を紹介します。
乗法公式の $a$, $b$ には、数だけでなく任意の式を入れてよいのが重要なポイントです。
たとえば $(2x + 3y)^2$ を展開するには、公式1で $a = 2x$, $b = 3y$ とします。
$$(2x + 3y)^2 = (2x)^2 + 2 \cdot (2x) \cdot (3y) + (3y)^2 = 4x^2 + 12xy + 9y^2$$✕ 誤:$(2x + 3y)^2 = 2x^2 + 12xy + 3y^2$(係数を2乗し忘れている)
○ 正:$(2x)^2 = 4x^2$、$(3y)^2 = 9y^2$
$a = 2x$ を2乗するとき、係数 $2$ も一緒に2乗することを忘れないでください。 $(2x)^2 = 2^2 \cdot x^2 = 4x^2$ です。
3つ以上の項からなる式の展開でも、うまくまとめると公式が使えることがあります。
たとえば $(x + y + 3)(x + y - 1)$ を考えます。 $x + y$ の部分が共通しているので、$A = x + y$ とおくと、
$$(A + 3)(A - 1) = A^2 + 2A - 3 = (x + y)^2 + 2(x + y) - 3$$さらに $(x + y)^2 = x^2 + 2xy + y^2$ を代入して、
$$= x^2 + 2xy + y^2 + 2x + 2y - 3$$このように、共通部分をひとまとめにする(おき換え)と、公式の形が見えてきます。
公式3の $(a + b)(a - b) = a^2 - b^2$ は、数値計算の暗算にも役立ちます。
たとえば $53 \times 47$ を暗算するには、$53 = 50 + 3$、$47 = 50 - 3$ と考えて、
$$53 \times 47 = (50 + 3)(50 - 3) = 50^2 - 3^2 = 2500 - 9 = 2491$$同様に $102 \times 98 = (100 + 2)(100 - 2) = 10000 - 4 = 9996$ のように、 「きりのいい数 $\pm$ 同じ数」の形を見つけると一瞬で計算できます。
展開の計算で最も大切なのは、式を公式のパターンに当てはめる力です。
「$(a + b)^2$ の形か?」「$(a + b)(a - b)$ の形か?」「$(x + a)(x + b)$ の形か?」── この判断ができれば、展開は一瞬です。
そして、この「パターン認識力」は因数分解でそのまま活きます。 因数分解は展開の逆操作なので、展開のパターンを知っていれば「この式は何を展開した結果か?」が見えるようになります。
$$(a + b + c)^2 = a^2 + b^2 + c^2 + 2ab + 2bc + 2ca$$
乗法公式は、数学Iの「数と式」全体の中でどのような位置にあるのでしょうか。 ここまでの内容を整理し、他のトピックとのつながりを確認しましょう。
| 操作 | 方向 | 例 |
|---|---|---|
| 展開 | 積の形 → 和の形 | $(x+2)(x+3) \to x^2 + 5x + 6$ |
| 因数分解 | 和の形 → 積の形 | $x^2 + 5x + 6 \to (x+2)(x+3)$ |
展開と因数分解は逆操作の関係にあります。 乗法公式を左から右に読めば「展開」、右から左に読めば「因数分解」です。 この記事で学んだ4つの公式は、次の記事(因数分解)でそのまま逆方向に使います。
Q1. $(3x + 2y)^2$ を展開してください。
Q2. $(5a - 3b)^2$ を展開してください。
Q3. $(2x + 7)(2x - 7)$ を展開してください。
Q4. $(x - 4)(x + 7)$ を展開してください。
Q5. $99^2$ を乗法公式を使って計算してください。
この記事で学んだ内容を、入試形式の問題で確認しましょう。
次の式を展開せよ。
(1) $(3x - 4y)^2$
(2) $(2a + 5b)(2a - 5b)$
(3) $(x - 6)(x + 9)$
(1) $9x^2 - 24xy + 16y^2$
(2) $4a^2 - 25b^2$
(3) $x^2 + 3x - 54$
(1) 公式2(差の平方)で $a = 3x$, $b = 4y$。
$(3x)^2 - 2 \cdot 3x \cdot 4y + (4y)^2 = 9x^2 - 24xy + 16y^2$
(2) 公式3(和と差の積)で $a = 2a$, $b = 5b$。
$(2a)^2 - (5b)^2 = 4a^2 - 25b^2$
(3) 公式4で $a = -6$, $b = 9$。
$x^2 + (-6 + 9)x + (-6) \times 9 = x^2 + 3x - 54$
乗法公式を利用して、次の計算をせよ。
(1) $51^2$
(2) $48 \times 52$
(1) $2601$
(2) $2496$
(1) $51 = 50 + 1$ とみて、公式1(和の平方)を利用。
$51^2 = (50 + 1)^2 = 50^2 + 2 \cdot 50 \cdot 1 + 1^2 = 2500 + 100 + 1 = 2601$
(2) $48 = 50 - 2$, $52 = 50 + 2$ とみて、公式3(和と差の積)を利用。
$48 \times 52 = (50 - 2)(50 + 2) = 50^2 - 2^2 = 2500 - 4 = 2496$
次の式を展開せよ。
(1) $(x + y + 3)(x + y - 5)$
(2) $(a + b + c)(a - b - c)$
(1) $x^2 + 2xy + y^2 - 2x - 2y - 15$
(2) $a^2 - b^2 - 2bc - c^2$
方針:共通部分をおき換えて、乗法公式の形に帰着させる。
(1) $A = x + y$ とおくと、$(A + 3)(A - 5) = A^2 - 2A - 15$。
$A$ を戻すと $(x + y)^2 - 2(x + y) - 15 = x^2 + 2xy + y^2 - 2x - 2y - 15$
(2) $a + (b + c)$ と $a - (b + c)$ の形を見抜く。$B = b + c$ とおくと、
$(a + B)(a - B) = a^2 - B^2 = a^2 - (b + c)^2 = a^2 - (b^2 + 2bc + c^2) = a^2 - b^2 - 2bc - c^2$
$x + y = 5$, $xy = 3$ のとき、次の式の値を求めよ。
(1) $x^2 + y^2$
(2) $(x - y)^2$
(1) $19$
(2) $13$
方針:$x^2 + y^2$ や $(x - y)^2$ を $x + y$ と $xy$ で表す。乗法公式を「逆に使う」。
(1) $(x + y)^2 = x^2 + 2xy + y^2$ より、
$x^2 + y^2 = (x + y)^2 - 2xy = 5^2 - 2 \cdot 3 = 25 - 6 = 19$
(2) $(x - y)^2 = x^2 - 2xy + y^2 = (x^2 + y^2) - 2xy$ より、
$(x - y)^2 = 19 - 2 \cdot 3 = 19 - 6 = 13$
⚠️ 別解:$(x - y)^2 = (x + y)^2 - 4xy = 25 - 12 = 13$ でもOKです。